2012年7月17日 (火)

7月7日だけが七夕じゃない。

昨日月曜日祝日は1日、完全にオフにして、昨日までの疲れを取りました。

とはいっても、特に何か仕事をしたというわけではないのですが。

土曜日に、仙台のcafe-BBという名前のライブハウスに行ってきました。

ここ数年、特にお世話になっているライブハウス。先代のマスターがまだご存命であったころから、私たち神奈川のミュージシャンが懇意にさせていただいている場所です。

今回も、神奈川から一組、「昔=神奈川→今=青森」のミュージシャン一組、オープニングアクトも「昔=神奈川→今=石巻(仙台に避難中)」のユニット。なんだか、同窓会的なライブとなりました。

「どんなに遠く離れていても、いつか必ず逢える」。簡単に人は言いますが、現実はそう簡単にはいかないのです。仕事がうまくいかなかったり、生活が苦しかったり。会いに行きたくても会えない、ということはあるのです。

だから、今回のようなライブが、浜坂にとってはまるで夢のようで。あっという間に時間が過ぎて行きました。

日曜日に仙台から帰ってきて、顔を出したのが、これまた毎年1回しかライブをやらないバンド。

何だか、「1年に1回だけ逢える織姫と彦星」ではないですが、遅い七夕を満喫しているような。

アマチュアミュージシャンの世界は厳しいです。仕事や生活といった人生の綾が、音楽の絆を、人と人との絆を、いつの間にか解きほぐしてバラバラにしてしまう。

だから、私たちは、その運命に逆らってでも、意識して「逢いに行く」ということをしなければいけません。

そして、大切な人ともしっかりと心と心でつながっているか、意識して向き合っていく必要があります。

「いつでも会いに行ける」「いつもつながっている」という慢心が、いつの間にかすれ違いになって、取り返しのつかないことになってしまったことも、あります。存在さえ忘れてしまうこともあります。人の心というのは、そんなものです。

仙台の目抜き通りを歩いていて、バス停に到着した市営バスの音声アナウンスに、はっとさせられる。

(音声アナウンス)「おまちどうさまでした。500系統、井土浜経由、閖上(ゆりあげ)ゆきです。当分の間、井土浜止まりの運行とさせていただきます。」

慌ててバスの前面にまわると、「市・500 井土浜 閖 上」の文字がくっきりと、行先表示のLEDに刻まれている。

東京・神奈川にいる私たちは、もはや「震災から○年○ヶ月」というニュースでしか、震災を振り返ることができなくなっています。だけれど、仙台の方には、この市バスのように、日常の中に、震災が現在進行形で進み続けている。

だって、それが事実なのですから。震災は現在進行形なのです。私たちが忘れてしまっているだけなのです。

忘れてしまっている?何を言っている、今日逢いに行くオープニングアクトのミュージシャンは、まさしく現在進行形で避難生活をしているのだぞ。

…と、ここまで考えて、改めて気付く。今回cafe-BBに、神奈川ゆかりのミュージシャンが集まった、否、集まることができた。このことの、かけがえのなさに。

あるいは、このメンバーで集まることができるのは、もはや最後かもしれない。浜坂は、再び仙台へ行くことが、できるのだろうか。

繰り返しますが、この時代、現在の生活がいつまでも続くとは考えない方がいい。ある日突然仕事を失ったり、無理がたたって身体を壊したり。

浜坂も現在、これまで仕事を転々としてきた中で貯金が全くできなかった分を取り返そうと、生活改善の真っ最中です。

安いアパートへの引っ越しを考えていたり、無駄な出費を削ったり。すべては、そうして捻出した分のお金を「大切な人と過ごす」ことに向けるためです。「大切な人に逢いに行く」ことに向けるためです。

7月7日だけが七夕じゃない。かけがえのない再会をする日、かけがえのない再会を心待ちにしている日々。心の中には、いつも天の川が流れている。

胸に手を当てて考える。大切な人と、しっかりと心と心でつながっているか?ちゃんと意識して向き合っているか?どこかに慢心はないか?

そんなことを考えた、今回の仙台遠征。浜坂も、実は正式な出演者としては歌ったことのないcafe-BBで、歌わせていただきたいと思っています。日程が近くなったら、再び告知をさせていただきます。

|

2012年7月 2日 (月)

ここの職員は素晴らしい。

前回の日記で説明をした、「黒字倒産」の危機。

7月から新しくはじめた「職員朝ミーティング」にて、説明し、職員間で危機意識を共有する。

ついで、四半期ごとの「県メニュー事業」事業報告書の、作成担当者振り分け。今年から「地域活動支援センター」へ移行し、はじめての報告書作成は、とても浜坂一人では出来る分量ではないのです。

「資金繰りに関しては、福祉施設の団体とも連携し、市と協議をしていきます。その打ち合わせのため、7月8月は事業所にいないことが多くなりますので、毎日の業務は、これから皆さんになるべくお願いしたい。とりわけ、今月10日までの『県メニュー事業』報告書は、皆さんで分担して、書類を作っていただきたい。」

「それから、今回の問題の端緒となった市の説明会案内通知が、私の目に触れないまま紛失した事態を何としてでも改善したい。文書管理は私がやるのではなく、朝ミーティングの場で全員で行います」

このようにして、目の前の業務を分担したわけですが、まあその量が多いこと多いこと!

「何をこんなにたくさんの書類が必要なんですかねぇ…」とぼやきながらも、一斉に仕事に取り掛かる職員を見て、浜坂は不覚にも涙が出そうになりました。

そもそも、毎日の職員ミーティングがない、という時点でオカシな事業所だったのですが、改めてミーティングの大切さを痛感。

今までは、文書管理も浜坂、仕事を振るのも浜坂と、すべて浜坂を経由しないと仕事が進まない状態でした。当然、「わからないけど、とりあえず浜坂さんに言えばいいや」という雰囲気が、とても苦しかった。

事業所の中に今、どのような仕事があるのか、どのような文書が来たことによってどのような仕事が発生したのか、いつまでにこなさなければならないのか、自分が今している仕事はどの仕事のどの部分なのか…

こういったことが分からないまま、浜坂に言われたことをこなしているような職員の状態。「もっと主体的にどうして仕事ができないのか」と、浜坂はいらだちを募らせていましたが、その理由は、職員ミーティングを通して『情報を共有する』ことを怠ってきたことによる構造的なものだった、ということが判明する。

逆に、今まで職員ミーティングなしでずっとやってきた前所長が、どれだけ職員の主体性を奪う仕事を職員に提供してきたか、ということ。

今日の職員たちの仕事ぶりは、まさしく主体的という言葉を表現するにぴったりのものでした。

というより、今朝のミーティングは、仕事の分担という言葉に借りて、「もう浜坂は無理です、助けてください!」という悲痛なSOSでもありました。

整然と仕事の分担が決まり、整然と業務に取り掛かる職員の姿は、まるで浜坂のSOSをしかと受け止めましたよという意思表示にも見えました。

うれしかった。

と同時に、ここの職員をますます好きになりました。

小説家、ピアサポーター、ミュージシャン、ミュージシャンの追っかけ…めちゃくちゃな経歴の人が集まる不思議な空間だからこそ、無限の可能性を仕事の中に見出すことができて、めちゃめちゃ楽しい。

少しだけ余裕ができた浜坂は、いよいよ「黒字倒産」回避のために市と知恵を出し合う戦いに備えます。

と同時に、より情報を共有しやすくするために、職場内の書類や、PCのサーバー内にてんでんばらばらに転がっている資料を整理しなければ。

ようやく浜坂、ギアチェンジに成功しつつあります。

立ち直れたお礼を、心の中で深々とする。所長である浜坂が一番若いという稀有な職場。諸先輩方は素晴らしい。この職場にいられて、浜坂は幸せなのです。

|

2012年6月29日 (金)

倒れてはいけない。

今日は、ついさっきまで、市の福祉施設連絡会役員会議に出ていました。

昨日、市で開かれた補助金申請説明会で、「今年は、予算の一部は今年度中の支給ではなく、来年度はじめの支給になります」との説明があり、市内10数ヵ所の福祉施設担当者からブーイングの嵐となりました。

今年から施設運営のための補助金支給システムが変わったのですが、「前年と同じように運営できるようにしました」と市は言っていたのにもかかわらず…

施設運営費補助金の額は変わらないものの、支給時期が従来より遅れます、との説明。それも、遅れて支給される額が、めちゃめちゃ多い。

これでは、来年1月~3月分の人件費が払えない…一般企業でいうところの、いわゆる「黒字倒産」の危機です。

というわけで、市内福祉施設に、財務状況の緊急アンケートを取り、緊急要望書を市へ提出することになりました。

市内の福祉施設が悲鳴を上げることくらい、市は分かってたはずなのになあ。どうしてこういうことをするかなあ。

というわけで、7月8月は、大忙しになりそうです。

ところが…このところ、浜坂のバイオリズムは下降線をたどり、かなりテンションが落ち切ってしまっています。

いわゆる「燃え尽き症候群」の状態です。仕事が手につかなくて、困ってしまっています。

職場の前所長と大ゲンカしたり、心労が重なって、疲れてしまいました。

仕事のスケジュールや約束も、プライベートのスケジュールや約束も、全く耳に入ってこなくて、ことごとくすっぽかしてしまったり。

浜坂の人生、数年に1度こういうことがありますが、久々に大きいのが来ました。特に今月はひどかった。

浜坂だけで処理できる問題であるはずがなく、理事長副理事長、市内の他の福祉施設の所長にも悩みを聞いてもらったり、いろいろ手を尽くしています。そして、少しずつ立ち直ってきたところに降りかかってきた、この補助金の問題。

はたと気付く。

自分が倒れている場合じゃない。

私は福祉施設の所長です。私には職場の中にも外にも、守るべき人を背負って生きている。

私が身上を潰して、悲しむのは私だけではない。他に悲しむ人がいる。

守るべき人を悲しませるわけにはいかない。しっかりしなきゃあ。

だけど、もはや自分だけで処理できる問題ではないので、やり方を変えます。

これまでは、仕事を覚えるのが楽しくて、全部自分で抱え込むことに喜びを覚えていました。

だけど、今は、仕事を抱え込むのが苦痛になってしまっています。だから。

全ての職員に、仕事を分担してもらって、その中で少しずつ、浜坂自身のギアを入れ直していきます。

前の所長がワンマン経営で、全部一人でやってしまう人だったので、浜坂にも仕事が集中しているわけですが。

私の職場の職員は、他のどこの職場よりも人間的に尊敬できる人たちだと、自信を持って言える人たちなので。

必ずできると信じています。必ず立て直す。全てを。

そして、今もそうですが、私の職場を、私の職場の人たちを、自信を持って他の人に紹介できるような、そんな職場にしていきたい。

そして、浜坂自身のプライベートにも、あと少し、もう少しだけ、時間を割けるようにしたいなあ。大切な人と一緒に過ごす時間を、もう少し、もう少しだけ取れるようにしたいなあ…

この土日は、自分を立て直すために時間の全てを使います。そして、月曜日から、再び闘いの舞台に身を置きたい。

福祉は闘いです。人間らしい生き方を守るための。決して裕福な生活ではないけれど、その中で、人間らしい暮らしを守るための闘いを、もういちどやり直したい。

応援してください。そして、助けてください。

浜坂には、みんなが必要なのです。

|

2012年5月 7日 (月)

モノローグ。

おまえに会いに行って、帰ってから、何気なくネットカフェでマンガ読んでたら、止まらなくなってしまったよ。

「仲間」を馬鹿正直なまでに大切にする主人公のマンガだ。俺たちが大学に入った年にはじまった連載だから、お前が教師やってる間、子どもとこのマンガの話で盛り上がったこともあっただろうな。

そういえば、俺が大切にしてる「ファイアーエムブレム」(箱田真紀)も、「仲間」を大切にする主人公だけど、これをみて「浜ちゃんらしいなあ!」っておまえが言ってくれたこと、今になって思い出したよ。

皮肉だな、「仲間」だったおまえを守れなかった俺が、おまえに会いに行った帰りに、こういうマンガを読んでるなんて。

今日は何だかわめきちらしたいんだよ。おまえと過ごした大学時代みたいに。

「酒が飲みたい」って言えば、気軽に集まって騒いだ仲だったじゃんね。何で「休日おでかけパス」みたいな行楽用の切符つかって、1日がかりで会いに行かなくちゃいけないんだよ。おまけに帰り際、雷雨やらひょうやら降らせやがって。イタズラするなっつーの。

今日はおまえにグチりに行ったんだよ。3月20日、「俺が大学時代みたいに一人で突っ走らないように、ちゃんと見守ってろ」って、俺、お願いしたじゃねーか。まんまとやっちゃって、人を傷つけてしまったじゃんかよ。おまえ、わざとやったか。「変わってないなあ、浜ちゃん!」って言いたかったか。

俺が自分の思いばかり先走ってしまうとき、真っ先に気が付いて「バカだなあ、浜ちゃん!」と叱ってくれたのが、おまえだったじゃんか。最近俺が悩んでる事だって、おまえに真っ先に相談したかったんだ。だけど、おまえが故郷・栗橋の隅っこで石になってるから、相談できずに俺一人で抱え込んで。俺が一人で抱え込むとロクなことがないって、おまえ、一番よくわかってんじゃんかよ。だから3月20日も、わざわざ埼玉の奥地までおまえを訪ねて相談しに行ったのに。

おまえのせいだ。何とかしろ、コノヤロー。

俺たちは紛れもなく「仲間」だったよなあ?何かあると酒を飲んで、語り合って、熱くなって、テーブルバンバン叩いて、周りのお客さんをびっくりさせて。それくらい何でも話し合える仲だったよなあ?俺が自分の家の重い話をいつもしてしまうのに「いやー、浜ちゃんはこうでなくっちゃ!だから俺、浜ちゃんのこと好きなんだよ」みたいに、うまくフォローしてくれてたよなあ?逆に、おまえが教育に寄せる思いも、俺、たくさんたくさん聞いたよなあ。

俺はお前に話した通り、生まれた経緯も成育歴もあまりいいもんじゃないから、おまえみたいに何も隠さず真正面からぶつかってくれる奴が、うれしくて仕方なかったんだよ。ああいうマンガに惹かれるってことは、俺もそれなりの「影」があるし、おまえもそうなんだよ。「俺だけじゃない」ってのが、やっぱりうれしかったのかもね。

何故あの時に限って、おまえ、一人で抱え込んだ?俺たち誰も気づかないくらい、嫁さんですら気づかないくらい。

「浜ちゃんは、自分のことをしゃべっているようで、いつも他人のことをしゃべってくれてるんだよね」と最初に評してくれたのも、おまえだったよな?確かに俺は、自分のためというモチベーションではあまり腰が上がらないけど、誰かのためだったら、自分の人生すら先送りしてしまうくらい何でもやってしまう。そのことを最初に見抜いて「30歳くらいまでは転がり続けるんだろうね」って予言したのも、おまえだったよな。あの当時の俺は「俺が、俺が」っていうのが口癖だったから、自分でも気づかなかったことに気付いたおまえは、すごいと思うよ。

そんな俺の性格、おまえの一番つらい時に発揮したかったよ。一番「仲間」であることが試されるときに、俺たち、何もできなかったじゃんかよ。

だから、今度こそ、大切な誰かに対してしっかりとフォローしたいって、そんな仕事がしたいって、俺、がんばって、今の仕事してんじゃんね。だけど、だめだね。おまえには追いつけないや。

たぶんおまえに会いに行った帰りっていうタイミングでこのマンガを読んだのも、おまえの差し金かも知れんね。「これで勉強しろ」ってか。はいはい、勉強しますよ。

今日、確かにおまえに会いに行ったからね。もう一度言う。俺が突っ走って、周りを振り回さないように。人を傷つけないように。空からしっかり見とけ。

連休明けは、いつもおまえを思い出して辛くなるのだよ。しっかりと大切な人たちのために、生きていくからよ。もう一度言う。空からしっかり見とけ、コノヤロー。

|

2011年8月14日 (日)

お盆だからお墓参りに行くのです。「青春18きっぷ」で。その4

大宮→(京浜東北線)→北浦和

ここは浜坂が大学時代を過ごした街。10年前の当時、チャーハン300円という安さと、素朴な味に惹かれて、通い続けた中華屋さんがありました。

久しぶりに食べたかったのですが・・・店が潰れていて、違う店になっていることを発見(泣)

というわけで、北浦和→(京浜東北線)→赤羽→(宇都宮線・高崎線)→上野

「カレーのエース・クラウン」という店、知ってますか?「TVチャンピオン」の「B級グルメ選手権」にも登場した、隠れた名店なのです。

カレーの辛さはしっかり保ちつつ、一瞬「ハヤシライス?」と思ってしまう、デミグラスソースのような深い味わい。ここの500円カツカレーは、浜坂が近くを通りかかったら必ず食す一品です。

上野→(京浜東北線)→東京→(東海道線)→藤沢

めでたしめでたし。

というわけで、これだけ動くと、さすがに疲れますね・・・すでに日焼けで腕がヒリヒリしています。

式当日に、皮がむけてしまって大変なことに・・・という心配を抱えながら、8月20日の式に挑むことになりそうです。

お墓参り、というよりも、なんだか鉄道マニア的に相当リフレッシュした旅になってしまいました(笑)

|

お盆だからお墓参りに行くのです。「青春18きっぷ」で。その3

今年の5月に亡くなってしまった、ライブハウスのマスターが眠る都立多磨霊園。

多磨霊園は広いので、ふらふらになりましたが、こちらも何とか。ちゃんと交通手段を調べていかないと、長時間歩くハメになって、エラいことになるのです。

マスターが眠っているお墓は、霊園の北東部分の角っこにあります。というわけで、

京王「多磨霊園」駅で下車

→JR中央線「武蔵小金井」駅行きのバスに乗り(ま、反対にJR「武蔵小金井」駅で下車して、「多磨霊園」駅行きのバスに乗ってもいいのですが)

→霊園敷地内を突っ切って「試験場代書前」停留所下車

→霊園敷地内に徒歩で戻りすぐに左折、道路と霊園敷地内を分けるフェンス沿いのジャリ道を歩いていく・・・、というのがルートとしては正解ということになるのですが。

浜坂、霊園の敷地内をバスが突っ切っているうちに「あれ、本当に霊園を突っ切っちゃっていいのかな?」と不安になり、うっかりひとつ手前の「霊園中央」バス停で降りてしまう。

その名のとおり、霊園のド真ん中で降りてしまい、大変な距離を歩くことになってしまいました。

ただし、歩く途中で、フツーに「井上靖」と書いてある墓碑に遭遇したりして、ミーハーな浜坂は不謹慎にもテンションを上げてしまいながら、マスターのお墓に到着。ちなみにマスターは、「浅沼稲次郎(政治家)」、「岸田今日子(女優)」、「丸山眞男(政治学者)」のお墓と同じブロックで眠っていました。

東京のお墓参りの作法を知らなかったので、お水をかけてあげることさえできなかったけど、ま、許してくれるでしょう。

マスターに、今月20日にギターで披露する、友人の結婚式の余興が成功するよう見守っててくださいという、お盆に手を合わせてお願いする性質ではおよそ無いようなことをして、霊園を後にしました。

で、次の目的地は栗橋。これも浜坂の知人が眠るお墓です。

バスでJR武蔵小金井駅まで行き→(JR中央線)→西国分寺

西国分寺→(武蔵野線)→南浦和の「駅そば」で昼食

南浦和→(京浜東北線)→大宮→(宇都宮線)→栗橋

お参りを済ませ、栗橋→大宮のネットカフェでテレ朝の「スーパーJチャンネル」を見る。

すみません、市川寛子アナのファンなもので(笑)

「青春18きっぷ」だと乗り放題だから、悠々自適に使えるでしょ。まだまだ続きますよ。

|

お盆だからお墓参りに行くのです。「青春18きっぷ」で。その2

さて、帰省のための切符を、「青春18きっぷ」と新幹線&特急の併用という、ややこしい感じでそろえた浜坂ですが。

これでは「青春18きっぷ」を、2日分しか使わないことになってしまう。これではもったいない。

マニアじゃない人もこのブログを読んでいるので解説しますが、「青春18きっぷ」は、有人改札で日付入りのスタンプを押してもらうと、その日1日鈍行乗り放題、これが5回使えて料金11,500円(一回あたり2千円強)、というもの。ということは、あと3回、どこかで使わないともったいない。

今日の行程は多磨霊園と栗橋。うん、今日、さっそく「青春18きっぷ」を1日分使おう、ということになる。

藤沢→(小田急)→登戸

青春18きっぷ、1日目使用(入場駅:登戸)→(南武線)→分倍河原

分倍河原→(京王線)→多磨霊園

・・・やっと「多磨霊園」駅にたどり着きましたね。さらに浜坂の迷走は続くのですが、それは鉄道マニア的解説を交えて「その3」でやります(笑)

|

お盆だからお墓参りに行くのです。「青春18きっぷ」で。その1

今日は浜坂、世の人々と同じくお墓参りに行きました。

悲しいかな、浜坂には首都圏でお墓まいりに行く場所(行くことになってしまった人)が複数いて、最後のほうは熱中症になりかけましたが、何とか乗り切りました。

アパートのある藤沢から、多磨霊園と、栗橋(埼玉県)に行ったわけですが、まず最初に藤沢駅「みどりの窓口」へ立ち寄りました。

お盆なので、石川県出身の浜坂も帰省をするわけですが、予定が変更になってしまい、切符の買い直しがややこしくて。

浜坂、8月20日に中学の同級生の結婚式で余興(同級生一同で歌の演奏、浜坂はギター担当)をやることになっており、15、16に帰省&余興の練習→17~19藤沢で仕事→19~21まで帰省、結婚式本番・・・、つまり藤沢~加賀温泉間を新幹線&特急で2往復する切符を買っていたわけです。

ところが、余興に参加するメンバーの一人が愛知・岡崎におり、「仕事が忙しくて帰省できん」とのこと。

ならば、石川県で余興の練習をするんじゃなくて、岡崎で練習しようじゃないか!・・・という行動パターンは、ウチらじゃないとできないだろうなあ(笑)

ということになり、あわてて切符の買い直し。同時に、「青春18きっぷ」を使い、コストダウンを図る。

16日、「青春18きっぷ(鈍行)」で岡崎入り、余興の練習→17日の朝イチの新幹線で藤沢に戻り仕事→19日新幹線&特急で石川県へ帰省→21日「青春18きっぷ(鈍行)」で藤沢へ戻る、という行程に変更したのです。

めんどくさい作業に、「みどりの窓口」の駅員さんは若干キレ気味でしたが、何とか用意してもらいました。

・・・なかなかお墓参りになりませんね(笑)、この続きは「その2」で(笑)

|

2011年4月14日 (木)

心の中で三春の桜を想う。その3

 今日の、福祉作業所のレクリエーション、鎌倉行きに参加できなかったメンバーが、ひとりいる。
 やまない余震に精神が不安定になってしまったメンバー。レクに参加したい、でも、怖くて外出ができない。
 レクに誰が参加したか、浜坂が留守番中の作業所はどんな様子か、気になって電話で聞いてきた、その声色は、明らかに沈んでいる。
 3月11日以降、メンバーたちの精神状態の乱れを思えば、休日に緊急出勤、ということも、今後大いに予想される。
 遥か北の国へ、今すぐにでも行きたい。でも行けない。そんな張り裂けそうな思いを、ぐっと沈めて……いや、行く勇気のない自分への言い訳か?
 ……ともかく、この藤沢の地で、震災と静かに向き合い、そして戦う。
 浜坂には、もう一ヶ所、前から見たいと思っている桜の風景があって。
 ・・・長い冬から醒めて、梅、桃、桜と、同時に三つの春が一気にやってくる、というのが町名の由来とも言われている福島県「三春」町。
 大学時代の先生が以前住んでいた町の、名所「三春滝桜」。そういえばまだ行ったことなかった、と思った瞬間に、つのる想い。
 三春滝桜 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E6%98%A5%E6%BB%9D%E6%A1%9C (ウィキペディア)
 だけど、今回は、心の中で想う桜、ということにする。必ずや、いつか見に行く。
 そのときを夢見て、この藤沢の地にも及ぶ、災禍と戦う。
 日常の風景こそが最も輝く、そう静かに主張する「江ノ電」。帰路に就きながら、気持ちを新たにする。
    

|

心の中で三春の桜を想う。その2

特別由緒ある大木、というわけでもない。何でもない、日常の風景。
 
だけど、その何でもない風景が、江ノ電の最大の魅力。
 
撮影をするには陽が沈み過ぎてしまった。しかも携帯電話のカメラでの撮影。
 
決して満足のいく出来栄えではないけれど、それでも、今の浜坂には、必要なものだったのでしょう。
 
飢えていた、と言い換えてもいいのかも知れません。
 
浜坂のこのブログ、一番最初の記事は、浜坂の故郷、金沢の桜並木でした。
 
「ふるさとの桜並木のように、わずかひととき、咲き誇るために、一年をかけてじっくりと充電をする。」
 
長い冬は終わった。桜の花を、咲かせよう。春を想う限り、人はどんな長い冬でも耐えることができる。
     

|

より以前の記事一覧