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2018年9月17日 (月)

安室奈美恵の引退と、ジャーナリズムの衰退に、思う。

 安室奈美恵の引退に、「テレビに出るアーティストには興味がない」と普段公言している濱坂も、さすがに感慨深い気持ちで、今朝を迎えている。

 26年のアーティスト生活、か。26年前の1992年、濱坂は中学1年生。まさに「興味がない」と言っていたミュージシャンのトップあたりに、安室奈美恵も入っていた。濱坂は当時、小室哲哉プロデュースのダンスミュージックが苦手で、そういうものの言い方をしていたのだが、逆に言えば、それだけ強烈なインパクトがあった、ということだ。

 さて、安室奈美恵のラストライブをめぐっては、沖縄知事選も絡んで、こんなきな臭い記事も出回っていた。

「安室奈美恵、ラスト公演に安倍自民党が恐々か 翁長氏『弔い合戦』は総力戦の様相」(日刊ゲンダイデジタル)

 記事そのものをシェアするときな臭さが前面に出てしまうのでやめるが、抜粋すると、以下の通り。



 安倍自民がピリピリしているのが、国民的人気歌手の安室奈美恵の動向だ。

 9月16日に歌手活動を引退する安室は、存命中の翁長雄志知事から5月に県民栄誉賞を贈られた。翁長の急逝に接すると、追悼文を発表。その内容は真情あふれるものだった。

 〈県民栄誉賞の授賞式でお会いした際には、お痩せになられた印象がありました。今思えばあの時も、体調が優れなかったにも関わらず、私を気遣ってくださり、優しい言葉をかけてくださいました。沖縄の事を考え、沖縄の為に尽くしてこられた翁長知事のご遺志がこの先も受け継がれ、これからも多くの人に愛される沖縄であることを願っております〉

 所属レコード会社に促されたわけではなく、安室サイドが自主的に発したものだという。
 「ハッとさせられたのが、〈翁長知事のご遺志がこの先も受け継がれ〉というくだりです。安室さんが辺野古移設阻止に向けて闘った翁長知事の政治姿勢を支持しているのは明白でしょう。移設反対派にとって非常に心強いこの言葉をNHKはバッサリとカットして放送していた。それだけ、安室さんの発言には影響力があるということ。安倍政権に忖度したのでしょうが、沖縄で安室さんの追悼メッセージを知らない人間はいませんよ」(県議会関係者)

 その後も安室は積極的に動いている。沖縄県の観光ブランド戦略推進事業「Be.Okinawa」に無償協力。観光をはじめとする経済振興策を推し進めた翁長の遺志に寄り添うかのようである。
 引退前日の9月15日はラストライブが決定。普天間基地を抱える宜野湾市の沖縄コンベンションセンター展示棟(5000人収容)で開催される音楽ライブに出演し、反戦ソングでも知られるBEGINやMONGOL800が共演する。ともに同郷の仲間だ。

 「安室さんは単独ライブでもほぼトークをしないほど口下手ですが、共演者との掛け合いの中で故郷へのさまざまな“思い”を口にする可能性は大きい。宜野湾市は自公が推薦する佐喜真淳前市長のお膝元です。知事選告示2日後にそのド真ん中で声を上げられたら影響は避けられない、と陣営は戦々恐々だといいます」(在沖メディア関係者)

 安倍自民は党本部職員を次々に送り込み、国政選挙並みの態勢で臨んでいるという。

 沖縄県政に詳しいジャーナリストの横田一氏が言う。

 「安室さんがひと言発するだけでも、佐喜真陣営の票を切り崩すのは必至。ましてや、〈翁長知事に捧げる曲です〉とでも言及すれば、自公にとって破壊的な効果をもたらすでしょう」

 「弔い合戦」はまさに総力戦の様相を帯びてきた。



 さすがにこの記事通りに、安室奈美恵が政治的なメッセージを発することは、なかった。「ミュージシャン 安室奈美恵」を貫徹した、ということだ。

 だけど、だからこそ、「発することができなかった思い」に、寄り添うことが、求められているのではないか。

 安室奈美恵がデビューした1992年。まだ久米宏の「ニュースステーション」や「筑紫哲也ニュース23」が放送されていた時代だ。1995年には沖縄米兵少女暴行事件が発生。当時の沖縄知事は大田昌秀。首相は村山富市。翌年橋本龍太郎に首相が交代し、今に続く辺野古移設の問題がスタートする。

 まだ。まだ、この国には、「弱者が痛めつけられる『権力の構図』」に、ジャーナリズムが一丸となって立ち向かう、気概を感じた。

 今。この国に、ジャーナリズムは、あるのか。濱坂は、ある時から、報道番組については、特定のテレビ局のものは嫌気がさして見られなくなった。「政権の御用聞き」などと揶揄されては、ジャーナリズムは、終わりだ。

 政治権力への批判は、ジャーナリズムのみならず、一般の市民が当然持たなければならない姿勢とされているが、この国では…。

 「津久井やまゆり園事件」に関しても、障害者という、差別にさらされている立場の人の大量虐殺に関して、首相として一切のコメントを出さなかったことについての報道局の対応。

 LGBT(性的少数者)には価値がない、と言い放った杉田水脈への対応もしかり。

 「沖縄」というと、「差別の構造にさらされている場所」という前提で報道をしないニュース番組なんて、濱坂は、見たくもない。

 辺野古移設反対の活動をしている人を「過激派」だとか何だとか言った番組「ニュース女子」なんて、その筆頭だ。これに類する番組を、濱坂の目に見えるところに流さないでほしい。

 真正面から声をあげられない人の代弁者となるのが、音楽や演劇、絵画などの芸術分野だ。だけどそこからさえも、「発することができない思い」がある。

 この思いを、どうやって形にしていくのか。安室奈美恵引退という、象徴的なニュースに接し、そんな大きなことを考えてしまった。

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