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2018年7月22日 (日)

【津久井やまゆり園の事件から2年で、想う。~その3~】

 浜坂の来歴をざっくり書くとこのようなことになる。年配の世代からは「なんだ、たかだかそれくらいで。俺たちの時代は…」とお説教を食らいそうだが、強調したいのは、浜坂の世代は浜坂の世代で、それはそれで十分苦しい時代を生き延びている、ということだ。

 年間の自殺者数は、1998年から2011年まで実に14年間にわたり、3万人を超え続けた。これは、イラク戦争の際の戦死者数を上回る数だ。植松被告もこの時代のさなかに、多感な時期を過ごしている。

 生きることそのものが、この日本においては「戦争」なのだ。とりわけ、「人間らしく生きる」ことについては。

 浜坂よりも上の世代が、果たして浜坂自身もしていたように、ナイフをしのばせて学校に通っていただろうか。浜坂よりも上の世代が、1997年に起きた神戸連続児童殺傷事件の犯人が発した「透明な存在であるボク」という言葉に、どれほど共感してくれただろうか。

 「何が平和だ、何が子どもの権利だ、そんなもの全然嘘っぱちだ!」みたいなことを浜坂は当時の日記に書きなぐっていた記憶があるが、あるいは植松被告も、労働条件の悪い福祉の職場の中で「何が障害者の権利だ、何が人間らしい暮らしだ、そんなもの全然嘘っぱちだ!」という考えに変わってしまった、ということか。

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