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2018年7月22日 (日)

【津久井やまゆり園の事件から2年で、想う。~その5~】

 克服することができなかった原因は、浜坂は福祉をめぐる労働環境の厳しさだったと考えている。

 労働環境の厳しさと分かったような分からないような言葉を使ったが、要は「障害のある方の人間らしい暮らしを保障する仕事ができていたかどうか」ということだ。

 福祉の現場での人手不足は深刻であるし、2006年の障害者自立支援法(現:総合支援法)が、「自立支援」とは真逆の、不当に人員配置的に厳しい環境へ「津久井やまゆり園」をさらしたことは、指摘しておかなければならないであろう。事実、津久井やまゆり園における人件費は右肩下がりの状態が続いていた。

 それを補うために、夜間の徘徊などをしてしまう障害当事者を車いすにしばり上げて身体拘束したり、あるいは不当に強い薬を処方して、夜間はひたすら眠らせるということもしていたと伝え聞く。適切な人員配置を行っていれば、本来このようなことはせずに済む方たちである。

 「こちら側」の都合でこのようなひどい仕打ちをしておいて、車いすにしばり上げられていたり薬で眠らされている障害のある方を見て「障害者はみんな死んだ目をしている」とはよく言ったものだ。それで「障害者には生きる価値がない」とはよく言ったものだ。「身勝手」というのは、こういうことを言う。

 ただし、もうひとつだけ指摘しておかなければならないことがある。

 植松被告や、障害のないほかならぬ私たち自身が、社会から「身体拘束」「薬物拘束(強い薬を処方して動けなくさせる)」のようなひどい扱いを、受けていないだろか?

 もちろん、実際に身体拘束や薬物拘束を受けている、という意味ではなく、比喩的な意味である。福祉の仕事は、正直、苦しい。家には寝に帰るだけ、という環境に置かれる職員も珍しくない。それは、福祉への予算が適切に配分されず、おのずと労働条件が悪くなるというそもそもの原因がある。法制度や予算のせいで、福祉現場に働く者が、労働条件的にまるで奴隷のような扱いを受けることは、多く見受けられるのだが、このことに気づかない人が、結構いる。

 自分自身がこのような扱いを受けていて、支援すべき対象である障害のある方が身体拘束を受けている姿に、自己を投影してしまったとしたら?怒りや攻撃性というのは、自分自身のコンプレックスを他者に見出した場合に起こると聞く。「社会のゆがみが植松被告を事件に向かわせた」という、分かったような分からないような言葉の意味は、要するに、そういうことなのだろうと思う。

 そして、「植松はよくやった!」みたいなことをSNS上でつぶやく人が、あるいは同じような自らの『生きづらさ』を障害のある方に投影して憎しみをぶつけているとすれば、この国はどれだけ多くの国民を「家に帰って寝るだけ。過労死寸前」「逆に仕事すら与えられないでネットカフェ難民してる」「恋愛や結婚なんて夢のまた夢、考えることさえしなくなってしまった」みたく、奴隷のようなひどい状態に置いているのか、ということになる。

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