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2016年6月26日 (日)

川崎球場@新橋・フォーク酒場『落陽』。

1年3ヶ月ぶりのステージ。1曲だけだけど。めちゃめちゃ楽しかった、昨日の夜。

一緒に呑んでくれたササさん、がんさん、天晴さん、ありがとうございました!

いいですねっ「フォーク酒場『落陽』」@新橋。『落陽』という、名前が、いい。

そして、やっぱり、歌うならこれしかないと、「川崎球場」を歌わせていただきました。

「何が何でも東京・神奈川の地でしがみついて生きていきたい」という決意のもとに作った、神奈川にまつわる曲。これからも、大切に歌わせていただきます。

【川崎球場】

懐かしい野球チームの旗が 古びたラッパの音に乗せて いつまでも いつまでも たなびいていたよ

隣に座ったおじちゃんは ロッテが負け続けた日も ずっと応援してたって

知らない選手の名前 どんどん挙げて 話してくれるんだ

ラストゲームは超満員で この場所にはとても似つかわしくなく

それでも おかまいなしにビールをあおるおじちゃんの

だらしない横顔に ふと懐かしさを覚えながら 舞い上がる砂ぼこりに目を押さえた

 

あれは20年以上も前のこと 国鉄が無くなったとはいえ何も変わり映えはなく

相変わらず古びたネオンがまぶしかった川崎の街を

父親の手に引かれて 夕焼けの中を歩いていた 無邪気にはしゃぎながら 延びる影を踏んでいた

普段は堅苦しい父が 野球場へ来てビールを飲んだ途端に

どうしようもなく だらしなくなるのが たまらなく好きだった

試合すらそっちのけで ガラガラのスタンドを 走り回りながら あたたかい視線 感じていた

 

かつてこの場所に 野球場があった

どんな落ちこぼれも 会社の社長さんだって

ビールを飲んで ヤジのひとつでも飛ばせば

誰もが分け隔てなく 自分らしくいられた

そんな場所が 確かに かつてはあったんだ

 

父を亡くしてから もうどれくらい経ったろう そういえば 一度だけ スタンドに入れなかったことがある

ダブルヘッダーのその日 「こんなに人がいっぱいなのは初めてだ」と

父はぼやきながら家に帰って テレビ中継を見ていた

そして今 「さようなら 川崎球場」と書かれた横断幕を横目で見ている

見せたかったな この超満員のスタンドを

取り壊される野球場と 一緒にサヨナラしなくてはいけないのは

昔を引きずっている 自分かもしれないね

 

父が亡くなる間際に テレビを見ながら予言していたことがある

デビューしたばかりの西武の松坂だけど あいつは少年野球からピッチャーをやっていたから

肩の寿命はもう長くないと のちに外れる予言を聞かされる

時代が変わっていく中で 狭かったんだね 球場も 僕らも

そんな人生の幕引きを祝うかのように ラストゲームはホームランの乱れ打ちさ

隣に座ったおじちゃんは そのたびに喝采を浴びせる

ロッテが勝ってよかったね おじちゃん

さあ このむき出しの鉄塔とも 陽に焼けて座るのに苦労した革ばりのイスとも

お別れさ 明日からどうやって生きていこうか

 

かつてこの場所に 野球場があった

どんな落ちこぼれも 会社の社長さんだって

ビールを飲んで ヤジのひとつでも飛ばせば

誰もが分け隔てなく 自分らしくいられた

そんな場所が 確かに かつてはあったんだ

 

ロッテオリオンズと大洋ホエールズの旗が

いつまでも いつまでも たなびいていたよ

「さようなら 川崎球場」と書かれた横断幕が

風に吹かれて いつまでも いつまでも たなびいていたよ

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