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2016年6月18日 (土)

阻止されたヘイトスピーチ 対策法で根絶なるか~その1~

阻止されたヘイトスピーチ 対策法で根絶なるか(週刊朝日)

http://dot.asahi.com/wa/2016061500043.html?page=2

 

この問題を考えるときに、浜坂が大学ノートの日記に大切にはさんである新聞記事がある。

 

今年の神奈川新聞、1月22日号。「『差別の自由』いつまで」と書かれた特集記事。

 

ヘイトスピーチに反対する市民団体設立の記者会見で、参加した一部の記者から、こんな質問が発せられた。以下、記事を抜粋の上、引用する。

 

『「カウンター(浜坂注:ヘイトスピーチに抗議する人たちのこと)の側の抗議の言い方が、それはそれでヘイトスピーチではないかと言われている。レイシスト(差別主義者)と呼ぶことが許されるのか、という意見がネットの社会の中で一定の支持を得ているのが現実だと思うが、どんな表現を心がけていくべきと考えるか」』。

 

『黙っていられなかった。「ヘイトスピーチは対等な立場でのやり取りではない。だから声を荒らげなければならなかった。差別する側と同じ言葉を同じトーンで使っているというが、言い返すこちらにそうした感情を引き起こしたのは誰なのか、きちんと踏まえてほしい」』

 

『そもそも質問は自身に向けられたものではなかった。…(中略)…カウンターの人たちのほとんどが日本人だ。「たたき出せ」「殺せ」と叫ぶ一団に当事者は近づくことさえ難しい。』

 

『それでも言わずにいられなかったのは、差別する側も抗議する側も「どっちもどっち」とみなす物言いにこそ、差別を放置してやまない無理解が潜んでいると思えるからだ』。

 

『会見終了後、質問した記者は「私はヘイトスピーチが表現の自由で守られるとは考えていない」と説明した。問われた側の感情を波立たせたのはしかし、記者個人の信条のいかんではない。…(中略)…同意しないにせよ、あなたにはそれが「差別はいけない」という考えに対置すべき意見に映っているのですか、という落胆、そしていら立ちだ』。

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