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2015年12月28日 (月)

「偏っていますが、何か」~その2~

 少し障がいがあるだけで。少し病気になっただけで。少し生まれたところが違うだけで。少し人と違うだけで。少し、他人と欠けるところがある、ただそれだけで。

 

 かくも低所得に追いやられる者たち。不当に扱われる者たち。「普通の人」との境界に立ち、「普通」でないところを隠し、必死に「普通」である一群と共に過ごそうとする者たち。

 

 そんな中で、差別され、いじめられ、死を選ぶ者たち。そんな者を「死んで当然」と書き立てる、仮想空間。

 

もう、やめよう。こんなことをしているようでは、誰だって幸せにはなれない。

 

 仮想空間の住人の多くが、まだ学生だったころ。いじめによる自殺が社会問題にまで発展した頃。私たちは「少し人と違っていても、同じように人間扱いしてほしい」と、真剣に願ったのではなかったか。

 

 その願いもむなしく、今年もいじめを苦にして子どもが自殺するニュースが後を絶えなかった。

 

 願いむなしく、不当に扱われた者たちがテロリストに仕立て上げられ、最後まで悪者に書き立てられるまま死んでいくニュースが後を絶えなかった。

 

 「少し人と違っていても、同じように人間扱い」すること。「平等」「格差の解消」「貧困からの救済」。これこそが今、最も問われているにもかかわらず、この言説を、どういうわけか毛嫌いする者たちがいる。

 

 「自由がほしい」「平等がほしい」「こんな世の中は嫌だ」。小さな声が政治に向いたとたんに、その小さな声を、何か過激思想のごとく、吊るし上げる者たちがいる。

 

 差別主義者は、誰だ。

 

 おかしいことをおかしいという声を、許せないことを許せないという声を、片っ端から潰していく、差別主義者は、誰だ。

 

 権力の側に立ち、権力の無いものを、片っ端から潰していく、差別主義者は、誰だ。

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