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2013年8月29日 (木)

「江ノ島プリズム」を観た。

映画「江ノ島プリズム」を観た。

http://enoshimaprism.com/

17才で亡くなってしまった友人の3回忌に出る主人公。江ノ電のトンネルの中で、偶然にも友人の亡くなる前日へタイムスリップしてしまう。困惑しながらも、過去を少しずつ変えることで友人を救おうとするが…というストーリー。

高校2年の冬、という設定。誰もが通過する青春時代の無邪気さと挫折と淡い恋心を、水彩画のように瑞々しく…と、映画評論に書かれている通り、江ノ島や藤沢の海の風景、登場人物の心を映す描写の一つひとつが、とても繊細に撮られていて、年甲斐もなく感情移入して観てしまいました。

地元・藤沢に生きる人間として、営業トークの必須アイテムとして観なきゃあ…と、映画館へ足を運んだわけですが、行ってよかった。

過去を変えたい。20代のときには全く考えなかったことだけど、30を回ると、ひとつやふたつは出てくるなあ。あの時、ああしていれば…ああしていなければ…ということ。

少なくとも、過去にさかのぼってでも会いたい人というのは、何人もいる。近くにいるのに、会おうと思えば何でもない距離にいるのに、会うことが叶わない人、とか。

時間という扉を開けて、未来において過去の人とつながるのは、容易ではないのです。つい先日の、青海川駅での14年越しの「はじめまして」なんて、奇跡としか言いようがないのです。

だけど、浜坂は、それをやりたい。

未来において、もう一度、「はじめまして」からはじめよう。

強くならなきゃ。時間という扉を開けられるほど、強く。大切な人を守れるほど、強く。
                   

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2013年8月27日 (火)

14年越しの「はじめまして」。

青海川駅から無事、戻ってきました。写真をさっそくアップロードしようと思いましたが、PCへつなぐケーブルが行方不明!!
 
詳細は前回の投稿でも書きましたので省きますが、駅ノートに書き込んだのが1999年の初春でした。なので、今回お会いした駅ノートの管理人さんとは、14年越しの「はじめまして」となります。
 
久しぶりに訪れる青海川駅の景色は、本当に変わらず美しい。来てよかった。
 
今回は、駅ノート管理人さんの縁で、様々な方と楽しい夜を過ごさせていただきました。同じく名古屋から来た旅の方、地元のお茶屋さんのおかみさん、お隣り鯨波(くじらなみ)駅の「名誉駅長」(新潟県には、このような制度があるのだそうです)様、同じく縁でつながる地元の方(「植木等です」の自己紹介がとてもユニークでした)、地元の酒蔵「原酒造」の杜氏の方。
 
14年前、海を見ながら駅ノートに書き込んだひとことが、このような形でつながるのですから、不思議なものですね。
 
管理人さま親子は、もう今日の宿泊先、大阪のホテルに到着している頃でしょう。明日、いよいよ最終日。福岡までの鈍行での旅、いい思い出となりますように!

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2013年8月25日 (日)

明日、青海川駅へ行ってきます。

http://livedoor.blogimg.jp/mitoina/imgs/9/c/9cea46e0.jpg
 
明日と明後日は、有休をいただき、新潟県柏崎市、JR信越本線「青海川駅」(おうみがわえき)へ行ってきます。
 
この駅。「日本で一番海に近い駅」との触れ込みと、(まあ、同じことを言っている駅はほかにもいくつかありますが…)、それから、かつてドラマ「高校教師」のラストシーンに登場したことでも、知る人ぞ知る駅となっています。
 
ここに、かつて「青海川駅企画」という名前の、駅の落書き帳を置き、管理していた方がいらっしゃいました。
 
置いていた期間は1年と少しというわずかな期間なのですが、このわずかな期間を含めて当時、浜坂はこの駅に通い詰めたことがありました。
 
ちょうど、当時大学生活を送っていた埼玉・浦和から、実家のある石川県へ「青春18きっぷ」を使って帰省するときに、途中下車する形になるわけですが、時にはこの無人駅のすぐ下にある海岸で寝袋にくるまって、通り過ぎる貨物列車の音を聞きながら、星空を飽きることなく眺めていた、そんなこともありました。
 
岸壁としての役割も果たしている駅のホーム上から、打ち寄せる波をずーっと眺めていたり。人生に思い悩み、気持ち的にもアブナイ時期でした。そんなとき、青春18きっぷの時期に合わせて、この駅でわずかなひと時を過ごすこと、これを楽しみに、生活を送っていたような気がします。
 
世の中に風光明媚な場所は数あれど、「ああっ、生きててよかった!」と心から思えた場所は、ここと、兵庫県香住町(現・香美町)・JR山陰本線の餘部鉄橋くらいなものでしょうか。
 
そんな、ひっそりとたたずむ無人駅の、待合室に、置いてあった、駅の落書きノート。たくさんの旅人がたくさんのことを書き込んでいましたが、そこに浜坂も他愛のないことを書き込む、ただそれだけで、何か人生報われたような、そんな気がしていました(アブナイ心性ですね…)
 
いつの頃からか、この駅ノートは姿を消し、浜坂自身も人生を転々とする中で、次第に足が遠のいていきました。
 
時は隔てて昨年。
 
SNSを通じて、突然浜坂に友達申請が届きます。
 
「浜坂さんって、以前『青海川駅企画』に書き込みをしてくださった浜坂さんですか?わたし、あの駅ノートの、管理人だったものです」
 
この、管理人さんも、職を転々とされて、現在は福岡にお住まいなのですが、このたび期間限定で、駅の落書き帳を復活したとのこと。おそらく、それを機会に、SNSで「浜坂」の名前を検索してくださったのでしょう。ネットで検索すると、兵庫県の日本海側・浜坂町(現・新温泉町)の小学校とか旅館とかの情報ばかりが出てきて、浜坂は実は検索しづらいのですが、そんな中を、よく見つけてくださいました。
 
そして、明日。息子さんだったかな?の誕生日に合わせて、息子さんを連れてこの青海川へ、福岡からお越しになる、とのこと。それも、福岡から「青春18きっぷ」で鈍行を乗り継いで、30時間かけて。
 
この話を初めて聞いたのは、確か春先だったと思いますが、即座に、浜坂の予定帳に書き込んだのを覚えています。
 
先週の日比谷野音でのステージも、10年ぶりの再会というものに少しお手伝いをさせていただいたのですが、引き続き明日も、10年ぶりの再会、否、10年越しの「はじめまして」を、「日本で一番海に近い駅」信越本線青海川駅のホームで、行いたいと思います。
 
管理人さん親子は、中国地方〜関西地方の大雨の影響で電車が止まり、新幹線を使ったりしながら苦労して現在も向かっているようですが…順調に行っているならば、今夜の22時49分発、大垣発東京行き、座席指定「快速ムーンライトながら」に乗車すべく、大垣駅のホームでパンや飲み物の調達など、準備をしている頃でしょう。
 
心からのお礼を言いたい。そんな気持ちで、浜坂も明日早朝、「青春18きっぷ」を握りしめて旅に出ます。まずは湘南新宿ラインの高崎行き、満員電車の中でサラリーマンと肩をぶつけながら、ひとり、新潟・柏崎を目指します。
 
職場である福祉をめぐる情勢が厳しく、予算を守るための運動などをしていて、お盆休みがほとんど取れなかった浜坂。これをもって浜坂の夏休み、そして、先週の日比谷野音でのステージと併せて「これまでの自分へのごほうび」としたいと思います。「これまでの自分への言い訳」を、北へ向かう普通列車の中で、考えながら。
 
職場関係の皆様、少し留守にしますが、よろしくお願いしますね。
 
では。

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2013年8月24日 (土)

意見募集:「B型」ではなく「地域活動支援センター」にしかできないことって、何ですか?

福祉関係者でないと、まったく分からないタイトルですね。
 
昔、「地域作業所」という呼び方で、障がいをお持ちの方を草の根レベルで支援してきた事業所のことです。自立支援法(現・総合支援法)のもとで、現在は「就労支援継続B型事業所」「地域活動支援センター」「生活介護事業所」など、障がいをお持ちの方に応じて様々な看板を持つ事業所に分かれています。
 
浜坂の住む神奈川県では、このうち「地域活動支援センター」への県からの補助金を「交付金化」しようという「緊急財政対策」が発表されており、不安を抱えながらの事業運営を余儀なくされています。
 
単に「補助金」「交付金」と名前が変わるだけならいいのですが、「緊急財政対策」という看板を掲げてこの話が出てきたために、「福祉事業所への予算が削られるのではないか」「交付金化によって、本来福祉事業所へ配分されるはずの予算が、全く関係ない分野へ回されてしまうのではないか」などという憶測が飛び交い、県内の事業所に動揺が広がりました。
 
今度31日の昼に、有志が集まる勉強会があり、そこで、「『B型』でもダメ、『生活介護』でもダメ、地活でないとこの方はケアできない」という事例を、参加事業所が持ち寄って検討することになっています。「職員配置の都合がつかない」とかいう施設側の都合ではなく、あくまでご本人の側から見て、「地活ってやっぱり必要だよね」ということを、最終的には県に要望書として提出する方向で動いているのですが、その際に資料として、事例を挙げたい、と。
 
私も、いくつか考えているのですが、みなさまにもお知恵を借りたい。
 
「地活」って、必要ですか?
 
「地活」にしかできないことって、何ですか?
 
「地活」でしかケアできない方って、どんな方ですか?
 
ここで、制度のおさらいです。
 
かつて「地域作業所」と呼ばれていた、障がい者の日中活動を支援する事業所は、自立支援法(当時)のもと、大きく分けて「就労継続支援B型事業所」「生活介護」「地域活動支援センター」の3つに分かれました。
 
「B型」は、「目標作業工賃」を達成することが制度として求められており、「仕事!仕事!朝から晩まで仕事!」という事業所の雰囲気についていけない障がい当事者が、脱落していく事例がちらほら散見されます。
 
そういった方に、「まず、自宅を出て、仲間に会うためにたどり着く場所」として、「地活」はとても重要な位置づけを持っていると浜坂は思うのですが、国は「地活」を、市町村事業(市町村で勝手にやってください、いくらかは援助しますから)という位置づけに「格下げ」をしました。
 
その結果、自治体によっては、自立支援法により「地域作業所」の存続ができなくなったにもかかわらず、市町村の負担が大きい「地活」への移行を、市町村が認めない、ということが全国で起きました。
 
そういった市町村にある事業所の多くは、その多くがやむなく「就労継続支援B型」へ移行したのですが、「働く」ことに重きを置いているため、障がい当事者の生活支援がおろそかになっている、と浜坂は感じています。同じ問題意識をお持ちの福祉関係者の方、いらっしゃいませんか?
 
国は、「就労継続支援B型」と、もうひとつ「生活介護事業所」を制度として用意しています。しかし、浜坂は、「生活介護」は、基本的に車イスの方以上の重度の方が通われる事業所、という理解をしています。車いす対応の送迎車が自宅までお迎えに上がり、午前中、音楽リハビリや書道などといった文化的プログラムをして、昼食は職員による介助支援が付き、午後は車いすごと入浴できる浴槽で、職員による入浴支援があり、そしてまた送迎車によってご自宅まで帰宅、というのが浜坂の「生活介護事業所」に対する理解なのですが。
 
「生活介護」に利用登録できるほど、重度の障害ではなく、かといって「就労継続支援B型」にはついていくことができず。
 
そういった方のために「地活」は絶対に必要と思うのですが、国は「B型」と「生活介護」にしか責任を持たないんですよね。
 
で、神奈川県では、市町村が実施主体の「地活」存続が、危ぶまれている。
 
本当に「地活」って、いらないんですか?
 
福祉関係者様の声を、現在集めています。「地活」でないとこの方はケアできない、という声を。難病など、制度のはざまにいらっしゃる方への支援とか、可能性はいくらでもありそうですが、今回、いろいろ調べていく中で、そういった方へ「地活ってものがありますよ、登録しませんか、支援をさせてください」という呼びかけって、なかなかしてこなかったなあ…と反省したり。
 
たくさんのご意見がいただきたい。よろしくお願いいたします。

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2013年8月21日 (水)

8月18日、日比谷野外小音楽堂、セットリスト

8月18日、日比谷野外小音楽堂でのライブ「歌人会Vol.22」にご来場の皆様、ありがとうございました!
 
【セットリスト】
 
1.傷ついた心に
 
2.相武台前
 
3.川崎球場
 
4.この町をふるさとと呼んでもいいですか
 
5.再会(with 遠藤泉、白石松則、しゅう、こんち、ソブクン、ジョニー笹川)
 
でした。
 
すみませんね、政治集会みたいなMCで(笑)肩の力を抜かなきゃいけない。勉強させていただきました。
 
夢のような時間でした。関わってくださったすべての方に、篤く御礼を申し上げます!

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2013年8月13日 (火)

【もうすぐです。なので再告知】8月18日、日比谷で歌います

8月18日は日比谷でのライブイベント「歌人会」です。日程が近くなりましたので、再度告知をさせていただきます。
 
今回は、「歌人会VOL.22」として行うわけですが、2004年3月に「歌人会」が始まった当時のことを知っている人間が、主催者のほかに、今回は3人出演します。
 
そのうちの一人は、私、浜坂です。小学校教諭を辞めて実家の石川県へ帰るという決断をし、引っ越しのための荷造りをしていた時期でした。結局浜坂は、実家へ引っ込んだ後も、たびたび「歌人会」のために上京を繰り返し、音楽への思いは止み難く、わずか2年で最上京、現在に至っています。
 
もう一人は、内藤たいとさん。浜坂を現在の音楽仲間に引き合わせてくれたきっかけとなる人物です。その当時から「歌人会」のエースであり、今も昔も変わらぬ独創的なステージを繰り広げています。
 
最後のひとりが、今回出演する白石松則さんです。ひょんなことから創設当時の「歌人会」に居合わせることになり、同じく内藤たいとのステージに感動。いつか自分も表現者としてこのステージに立ちたい…という思いを持ちつつも、これも事情があり、ほどなくして岩手・大船渡へ。
 
あれから9年の月日が経ったわけですが、本当に様々なことがありました。
 
この間、浜坂は想像だにしていなかったことがあります。ひとつは、浜坂にとって、音楽は、自分の人生にとってなくてはならないものだということ。音楽に触れていたい、仲間と一緒にいたい、この思いがなければ、今、浜坂はこの東京・神奈川という町で生きてはおりません。
 
もうひとつは、この年になって、他人の命を背負って生きることになるとは、思いもよらなかった、ということ。今日もちょうど墓参りをしてきましたが、埼玉・栗橋に眠る大学の同級生と、多磨霊園に眠る、お世話になったライブハウスのマスターと。どちらも真剣に生き抜いた人だっただけに、何らかの形で遺志を継ぎたいという思いで、浜坂は現在、音楽活動も仕事もフルスロットルで打ち込んでおります。
 
最後に、人の縁は本当にかけがえのない、ということ。
 
この「歌人会」は、主催者である、ニックネーム「ペペ」さんが、「本当に自分自身が惚れ込んだミュージシャンだけを集めてイベントがやりたい」という思いで、行っております。とりわけ、自身が若かりし頃、ハプニング的に音楽雑誌に載った、日比谷野音という場所には、特別な思い入れを持っています。
 
ぺぺさんの情熱を中心にして、いろんな出来事が起こり、いろんな人の縁が結ばれていきました。町田を代表するミュージシャンの市民ホールライブ。それをきっかけにつながった団地の方々との縁。仙台のライブハウスを中心としてつながった縁。
 
その縁により、盛岡でライブをすることになり、ぺぺさんがたまたま出張で盛岡へ赴き、夜、会場となるライブハウスへ挨拶へ行った日のこと。
 
ライブハウスの壁に、「白石松則」のライブ告知が貼ってあるのを見て、ペペさんはびっくりしたそうです。
 
「いつか自分も表現者として『歌人会』のステージに立ちたい」という思いを出発点として、白石さんは盛岡・大船渡でしっかりと音楽活動を行っていたのでした。
 
盛岡で感動的な再会をしたのが今年の4月。そして奇跡的に会場を抑えることができた日比谷野音小ホール、主催者ペペさんが最も思い入れを持っている場所へ、この「白石松則withライトニン・ソブクンズ」をお迎えする、というのが次回「歌人会VOL.22」の趣旨のひとつです。
 
ただし、あくまで「趣旨のひとつ」であり、今回出演のミュージシャンは、それぞれ長い時間をかけて、絆を深めてきた方ばかりで、それぞれがそれぞれの思いを胸に、ステージに向かいます。
 
斉藤智春さん。東京・渋谷のBAR「ROAD&SKY」の経営者・バーテンダーとして活躍していた当時から、「ROAD&SKY」をライブの場所を提供していただき、私たちもその人柄と良質なBARの空間を求めて足しげく通わせていただきました。若かりし頃からの音楽活動を再開され、そのひたむきな姿勢を、浜坂はいつも勉強させていただいています。
 
キーボードのジョニー笹川さん。名前の由来は今回は割愛しますが、日本人です(笑)。「他人のサポートをするのが好きなんです」と、本人はよく口にしますが、その姿勢が常に一貫しており、誰からも愛されるミュージシャンです。サポートをする人が演奏しやすいように、最高の演奏をしてくださいます。
 
遠藤翔太さん。
 
仙台のライブハウス「cafeーBB」閉店の日。「歌人会」のエースである田宮俊彦さんのライブで大いに盛り上がり、終演後、ふらりと店に来たのが、当時大学生だった彼でした。「えー、閉店するんですか?ぼく、はじめてこの店にきたんですけど…」
 
縁というのは不思議なものです。田宮さんのライブに触発された、当時のマスター横塚さんは、「絶対に店を復活させる」と一念発起し、わずか半年で奇跡的に店を再開させます。
 
そしてその店に通う遠藤翔太さんは、横塚マスターのシゴキも受けつつ、才能を開花させました。
 
そんなさなかに起こった東日本大震災。
 
地震が起きた日の夜も、電気が止まった店で、ローソクの明かりを頼りに、大好きな石巻の銘酒「日高見」を飲んでいた豪傑のマスター。
 
営業休止に追い込まれた店を修復し、インターネットラジオという形で再開の第1歩を踏み出そうとした、放送開始5分前に、マスターは突然倒れてしまい、病院へ救急搬送されてしまいます。
 
私たちの願いもむなしく、ほどなくして天に召された横塚マスター。その遺志を、当時客であった2代目のマスター、「歌人会」にかかわる私たち、とりわけ遠藤翔太さんは、強く持っています。
 
そして、距離を隔てて「白石松則withライトニン・ソブクンズ」。震災後の混乱の中、「音楽をやろう」と集まった彼らが歌う「明日はきっと晴れるさ」という言葉は、その音楽の軽やかさとは裏腹に、震災を経験したものでないと語れない重みを持って、私たちに迫って来ます。
 
「この混乱の中、音楽なんて…!」という言葉が、まだ飛び交っていた時期でした。しかし、今振り返って、あの当時、何よりも音楽は、人々によって切実に求められていたのではなかったでしょうか。
 
音楽というものは不思議なものです。かたやドライブやデートなどを演出するアイテムのひとつであり、しかし、人間が本当に立ち直れなくなったときに、最後の支えとして機能するものでもあります。
 
私たちは、生活に困窮し、暮らしに追われ、転職を繰り返し、それでもなお音楽を辞められずにおります。それはもはや「道楽」という言葉では片づけられない重みを持っています。
 
そういう場所において、音楽を通して、人生を考え、生活を考え、時として恋愛を語り、時として政治を語り。
 
前回、7月20日の小田急相模原、8月3日の相模大野でのライブでも同じことを言いましたが、「『公共の福祉』を守るためなら表現活動を制限していい」という改憲草案を掲げる政党がありますが、私たちは断固としてこれと闘い、音楽活動、表現活動をする場所を守っていきます。
 
そんな、様々なことを考えながら迎える、「歌人会VOL.22」。
 
お盆の時期です。きっと、横塚マスターも、天から見に来てくれていることでしょう。浜坂の大学の同級生も、見に来てくれてるかな。浜坂は最上京後、就職活動に苦しみ、本当に転々としましたが、この友人の死をきっかけに、歯を食いしばって福祉の世界へ戻り、そして現在を迎えています。浜坂のステージ、浜坂につながるたくさんの方の思いを背負い、天を仰ぎながら歌う場面が多くなるでしょう。
 
いいステージを、期待してください。お待ちしています。
 
 【歌人会 Vol.22】
8月18日(日) 11:00〜15:00
日比谷野外音楽堂(小音楽堂)
入場無料 雨天決行 

出 演
  浜 坂 英 則
  内 藤 た い と
  Shota Endo/JANGO (from仙台&盛岡)
  斎藤智春 withジョニー笹川
  白石松則&ライトニン・ソブクンズ (from大船渡)
 
詳しくは、歌人会HP http://www.milmil.cc/user/utabito/ をどうぞ。

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2013年8月 6日 (火)

【ライブ告知】8月18日、日比谷で歌います

8月18日は、お昼のイベント「歌人会」に出させていただきます。
 
【歌人会 Vol.22】
8月18日(日) 11:00〜15:00
日比谷野外音楽堂(小音楽堂)
入場無料 雨天決行 

出 演
  浜 坂 英 則
  内 藤 た い と
  Shota Endo/JANGO (from仙台&盛岡)
  斎藤智春 withジョニー笹川
  白石松則&ライトニン・ソブクンズ (from大船渡)
 
詳しくは、歌人会HP http://www.milmil.cc/user/utabito/ をどうぞ。
 
たくさんの思いが詰まったこのイベント。気合を入れて向かっていきます。
 
お待ちしています!

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2013年8月 5日 (月)

8月3日、相模大野ACOPER、セットリスト。

8月3日、相模大野ACOPERでのライブ、ご来場の皆様、ありがとうございました!
 
【セットリスト】
 
1.傷ついた心に
 
2.相武台前
 
3.Let It Be が聞こえた
 
4.夕凪のとき(浅川マキ)
 
5.再会
 
でした。
 
MCでも言いましたが、私たちミュージシャンにとって、ここACOPERは演奏の場として、心のよりどころとして、かけがえのない場所。しっかり守っていきましょうね。
 
引き続きよろしくお願いします!

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