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2012年7月17日 (火)

7月7日だけが七夕じゃない。

昨日月曜日祝日は1日、完全にオフにして、昨日までの疲れを取りました。

とはいっても、特に何か仕事をしたというわけではないのですが。

土曜日に、仙台のcafe-BBという名前のライブハウスに行ってきました。

ここ数年、特にお世話になっているライブハウス。先代のマスターがまだご存命であったころから、私たち神奈川のミュージシャンが懇意にさせていただいている場所です。

今回も、神奈川から一組、「昔=神奈川→今=青森」のミュージシャン一組、オープニングアクトも「昔=神奈川→今=石巻(仙台に避難中)」のユニット。なんだか、同窓会的なライブとなりました。

「どんなに遠く離れていても、いつか必ず逢える」。簡単に人は言いますが、現実はそう簡単にはいかないのです。仕事がうまくいかなかったり、生活が苦しかったり。会いに行きたくても会えない、ということはあるのです。

だから、今回のようなライブが、浜坂にとってはまるで夢のようで。あっという間に時間が過ぎて行きました。

日曜日に仙台から帰ってきて、顔を出したのが、これまた毎年1回しかライブをやらないバンド。

何だか、「1年に1回だけ逢える織姫と彦星」ではないですが、遅い七夕を満喫しているような。

アマチュアミュージシャンの世界は厳しいです。仕事や生活といった人生の綾が、音楽の絆を、人と人との絆を、いつの間にか解きほぐしてバラバラにしてしまう。

だから、私たちは、その運命に逆らってでも、意識して「逢いに行く」ということをしなければいけません。

そして、大切な人ともしっかりと心と心でつながっているか、意識して向き合っていく必要があります。

「いつでも会いに行ける」「いつもつながっている」という慢心が、いつの間にかすれ違いになって、取り返しのつかないことになってしまったことも、あります。存在さえ忘れてしまうこともあります。人の心というのは、そんなものです。

仙台の目抜き通りを歩いていて、バス停に到着した市営バスの音声アナウンスに、はっとさせられる。

(音声アナウンス)「おまちどうさまでした。500系統、井土浜経由、閖上(ゆりあげ)ゆきです。当分の間、井土浜止まりの運行とさせていただきます。」

慌ててバスの前面にまわると、「市・500 井土浜 閖 上」の文字がくっきりと、行先表示のLEDに刻まれている。

東京・神奈川にいる私たちは、もはや「震災から○年○ヶ月」というニュースでしか、震災を振り返ることができなくなっています。だけれど、仙台の方には、この市バスのように、日常の中に、震災が現在進行形で進み続けている。

だって、それが事実なのですから。震災は現在進行形なのです。私たちが忘れてしまっているだけなのです。

忘れてしまっている?何を言っている、今日逢いに行くオープニングアクトのミュージシャンは、まさしく現在進行形で避難生活をしているのだぞ。

…と、ここまで考えて、改めて気付く。今回cafe-BBに、神奈川ゆかりのミュージシャンが集まった、否、集まることができた。このことの、かけがえのなさに。

あるいは、このメンバーで集まることができるのは、もはや最後かもしれない。浜坂は、再び仙台へ行くことが、できるのだろうか。

繰り返しますが、この時代、現在の生活がいつまでも続くとは考えない方がいい。ある日突然仕事を失ったり、無理がたたって身体を壊したり。

浜坂も現在、これまで仕事を転々としてきた中で貯金が全くできなかった分を取り返そうと、生活改善の真っ最中です。

安いアパートへの引っ越しを考えていたり、無駄な出費を削ったり。すべては、そうして捻出した分のお金を「大切な人と過ごす」ことに向けるためです。「大切な人に逢いに行く」ことに向けるためです。

7月7日だけが七夕じゃない。かけがえのない再会をする日、かけがえのない再会を心待ちにしている日々。心の中には、いつも天の川が流れている。

胸に手を当てて考える。大切な人と、しっかりと心と心でつながっているか?ちゃんと意識して向き合っているか?どこかに慢心はないか?

そんなことを考えた、今回の仙台遠征。浜坂も、実は正式な出演者としては歌ったことのないcafe-BBで、歌わせていただきたいと思っています。日程が近くなったら、再び告知をさせていただきます。

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