« 2012年2月 | トップページ | 2012年4月 »

2012年3月27日 (火)

【震災】”復興未来ゆき”切符発売へ~三陸鉄道

【震災】”復興未来ゆき”切符発売へ~三陸鉄道
http://www.tv-asahi.co.jp/ann/news/web/html/220310007.html(テレ朝ニュース)

久しぶりに鉄道ネタを。ちょっとブログにアップするのが遅くなってしまいましたが。

3月11日、釜石駅前での追悼イベントに向けて2000枚用意した切符。さらに2000枚追加発行となっているようですね。ひとりで100枚買う人もいるとか。気持ち、わかります。

本物の切符みたく発行順に通し番号が入り、さらにイベント当日は、三陸鉄道の職員が切符に昔懐かしい「改札バサミ」を入れ、「復興に向けてスタートを切った証」とした、という、気持ちのこもりよう。

三陸鉄道北リアス線は来る4月1日、陸中野田~田野畑間が運転を再開。北リアス線の不通区間は、田野畑~鳥越~小本間の、たった2駅間だけとなります。
http://www.youtube.com/watch?v=_10s4j8wQKo&context=C47557c8ADvjVQa1PpcFPl88GvV9jr4WcOFbJ-1rU2ykP5HJcWOK0= (三陸鉄道公式HPより)

http://www.youtube.com/watch?v=i5qEV_3NtCM&feature=related 
(Kit Kat「キット、ずっとプロジェクト」)

もちろん、明るい話題ばかりではなく、一年が経ち、つらい過去を振り返ったり、一年たって、ようやく遺体が見つかったりと、悲しみはいまだ癒えません。

「未希ちゃん、また来たよ」「早く壊して…」花束に埋まる防災庁舎 宮城・南三陸
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/120311/dst12031114190016-n1.htm
(msn産経ニュース)

南三陸職員の遺体発見 遠藤未希さんの親友 母親「亜梨沙お帰り」
http://sankei.jp.msn.com/life/news/120207/trd12020708230003-n1.htm
(msn産経ニュース)

年度末の忙しさに追われ、ニュースを今になって振り返る。

「忘れたくない」。その思いにとらわれて、ブログに書き留める。

|

2012年3月12日 (月)

忘れたくないのです。つながっていたいのです。

3月11日、今日は浜坂の職場、理事会でした。

浜坂の提案で、14:46分前にテレビをつけ、追悼式典をみながら黙とう。

理事会が終わっても、仕事に忙殺され、行きたかったライブも結局行けずじまい。見に行ったみんな、あとでどんなだったか教えてくださいね。

やっと仕事にひと段落つけ、今、この日記を書いています。

さて。仲間のミュージシャンが、自身の日記に被災地の漁師さんの声を、転記していますね。

浜坂、ハゲしく賛同し、拡散希望ということで、紹介させていただきます。

http://blogs.yahoo.co.jp/sasaootako/61360672.html外部リンク

・・・死者1万5854人、行方不明者3203人ですか。

南相馬でボランティアをした際、現地の人に言われてハッとしたことなのですが。

この「死者」の1万5854人って、「遺体が発見された方の数」ではないんですよね。

行方不明のまま数か月が過ぎて、葬式をあげなくちゃならないから、行方不明のまま「死亡届」を出す。

そうすると、ご遺体は見つかってないのだけれど、「死亡」したものとカウントされてしまうんですね。

「死者」の1万5854という数字は、ご遺体の数と、残された家族の悲しい決断の数の合計なんですね。

もうひとつ、「行方不明者」も。これも、「遺体が見つかっていない方」の数、では、必ずしもない。

ご遺体は見つかっているのだけれど、すでにお骨にもなっているのだけれど、それがどなたのものなのか、いまだにわからないままになっている。

そうやって、死者と残された家族が、同じ国の土の上で、こんなに近い距離にいるのに、いまだにすれ違ったままになっている。この数も、「行方不明者」としてカウントされています。

早く戻るべき家族のもとへ帰れる日を、切に祈る。そして、ふるさとを離れてしまった方が、ふるさとへ帰れる日を。

南相馬でボランティアをした福祉施設の職員で、新潟へ避難されている方がいます。

震災から1年たって、避難した先では、「まだ戻らないのかい?(もう大丈夫でしょ、さっさと出ていきなよ)」というように言われたりもする、ということです。

一方で、被災地からは「キレイにならないと戻らないのかい?(俺たちはこんな苦しい中がんばってるのにふざけんじゃないよ、いいよ、帰ってこなくて)」という言葉に板挟みになったり。

避難した人は、板挟みになるために逃げたのではないのです。生き延びるために逃げたのです。

福島第一原発から30キロ圏内の「屋内退避区域」にあった南相馬市。3月17日、市の広報車が市内を駆け回る。「重大発表があるので最寄りの公民館に集まって下さい」

集まった市民を前に、市の担当者が言う。「南相馬市は、責任もってみなさんを守ることができなくなりました。明日朝8時に、避難のためのバスを用意しました。行先は、どこかわかりません。新潟方面ですが、バスを走らせながら避難先を探します。バス出発の時刻に、集合場所にいらっしゃる方だけをお乗せします。バスに乗らない方は・・・(以下、遠まわしに「自己責任で生き延びてください」という趣旨の言葉が続く・・・)」

そんな過酷な状況の中で決断を迫られ、バスに乗ってしまった人が、どうして避難してなおそんなつらい思いをしなければいけないのだろう?

南相馬は元気です。表面上は。うっかりボランティアが元気をもらって帰ってしまうほど、元気です。表面上は。

しかし、先の見えない現状に、自殺者が増えているという現実に、はっと我に返る。

支援が必要なくなったわけではないのです。必要な支援の形が変わるだけなのです。

ボランティアの数も減少傾向といいますが、ボランティアが必要と無くなるには、まだあまりにも早すぎる現実が、実際にはあるのです。

このブログでも何度か書いていますが、心の病を抱えた方が利用する福祉施設職員としての「社会的使命」を、これからも変わらずに果たしていきたい。

現地の福祉施設職員の方が、冗談交じりで漏らした言葉。「どうせ東京に帰れば、俺たちのことなんか忘れてしまうんでしょ。」

忘れたくないのです。いいや、一度つながってしまった人と人とのつながりは、そう簡単に忘れられるものではないのです。

現地に行ったことのある人なら、誰しも同じ思いを持つはずです。絶対に、再び訪れたい。行かなければならない。

そうして、一番大切な支援の形、「心でつながる」ということを、どのような形にしても模索しなければいけない。

「私は一人じゃないんだ。誰かが見守ってくれているんだ」。このような心の支えがある人は、小さなことで心が折れたりはしません。人が生きる上で最も残酷なのは「私は誰からも見放されているんだ」という感情にさいなまれることです。

あの、「どうせ東京に帰れば、俺たちのことなんか忘れてしまうんでしょ」とつぶやいた職員に、ぎゃふんと言わせたい。

どうすればいいのだろう?

普段から音楽でつながっている仙台。去年はじめてつながりを持った石巻。そして南相馬。

天気予報の画面、自分の住んでいる町以外に、ふと見つめてしまう街の名前。

忘れたくないのです。つながっていたいのです。

そのための方策を、これから一年は、全力で模索します。

・・・本当は、南相馬で見たこと聞いたことの報告を、この日記でするつもりだったのですが、それはまた後日。

|

2012年3月 5日 (月)

「再会」ウェブで視聴できます。

昨日のライブイベント「歌人会」@日比谷野音小ホールで歌った「再会」。ベースを弾いていただいた仙台のZyamuさんが、ウェブ上で聞けるようにしてくださいました。

http://firestorage.jp/download/e19a3b49f1bb91fd30e209d6efd0ef9784268d0a

PCでしか聞くことができませんが、興味ある方は、ぜひ。

|

3月4日、日比谷野外音楽堂小ホール、セットリスト

3月4日、日比谷野外音楽堂小ホール、ライブイベント「歌人会」へお越しくださいました皆様、ご来場ありがとうございました!

【セットリスト】

1.ふるさと

2.大聖寺駅

3.川崎球場

4.相武台前

5.再会

でした。

ライブ前の記事、告知でも言いましたが、今回は3月11日の震災があったせいで、2年ぶりという久しぶりの日比谷野音。あれから、様々な出来事があり、その思いをぶつける日でもありました。そんな側面もあったので昨日は、仙台や盛岡などから、たくさんの方に集結いただきました。

「それでもあなたに会いたい」(『再会』)。浜坂の代表曲、と多くの方におほめいただくこの歌ですが、私事ですが、この曲を作って「それでもあなたに会いたい」と当時歌いかけようとした何人かの中には、今はおそらくもう二度と会うことができない人もいます。

若さだけで突っ走っても、どうにもならないことがある。そんなつらい過去を実は思い出しながら、いつもこの歌を歌っています。

南相馬でのボランティアを経験して、浜坂は変わりました。大切なことを本当に見つめ続けて、年甲斐もなく久しぶりに自分の気持ちに任せて生きて、そんな中でのライブ。

人と人が絆を切り結ぼうとすることは、とてもすばらしいことです。だけど、生活に追われたり、住んでいる町を離れざるを得なくなったり、やむにやまれぬ事情で、その絆を断ち切らざるを得ない人生が、浜坂の半生でした。どれほどつらかったことか。相手を裏切ることが、どれほど耐え難い苦痛だったか。「再会」は、自らいったん幕を下ろしてしまった人が、上がらない幕をもう一度上げようとする、実はそんな悲しい歌でもあります。「それでもあなたに会いたい」。叶わない願いだけど、それでも・・・。そんな気持ちで作った歌でもあります。

だからこそ。昨日のあのイベントで、この歌が歌えたことが、無上の喜びです。

この1年間、つらかった日々を乗り越えて、かけがえのない多くの方に出会えた、そんな昨日のイベントでした。

特に2週間前の南相馬ボランティアから昨日のライブイベントまでの間は、本当に様々なことを見つめ続け、そしてかけがえのない出会いも生まれたり、そんな2週間でした。浜坂はこれからも、大切な人に、時を超えて、距離を超えて、会いに行きたい。そんな決意表明としても、最後の「再会」、お届けをさせていただきました。

ありがとうございました。

「再会」

久しぶりに会おうなんて/懐かしい便りが届く

変わらない無邪気な言葉がうれしかったよ/懐かしい便りが届く

だけど 乗り込んだ電車の/窓から見上げた青空は

今の俺には少し 澄みわたり過ぎるから/心の中は下り坂

変わってしまった俺と/まるで変わっていないあなたと

出会った時に生まれる思いは/どんなにか辛いのだろう・・・

じっくりと言葉を選ぶ/これまでの自分への言い訳を

怠けて転がっていた訳じゃないんだよ/じっくりと言葉を選ぶ

迷いながら生きていれば/すれ違いのひとつもあるだろう

それでも旅に出るのは/いつかは帰れるふるさとのような

あなたがいるからだろうさ

変わってしまった俺と/まるで変わっていないあなたと

出会った時に生まれる/思いはどんなにか辛いのだろう・・・

それでもあなたに会いたい/そんな思いに動かされて

澄み切った青空の下/電車に揺られながら/来た道振り返る

久しぶりに会おうなんて/懐かしい便りが届く

変わらない無邪気な言葉がうれしかったよ/懐かしい便りが届く

|

2012年3月 2日 (金)

雨よ止んでくれ。道よ開けてくれ。迷いはもう、なくなったのだ。

3月4日、ライブイベント「歌人会」@日比谷公園野外音楽堂小ホールを、いよいよ明後日に控えましたが。

関東地方は、雨の予報です。果たして大丈夫なのか?

大丈夫なのです。「荒天順延」なので、少々の雨ならば、決行するのです。たかが少しの雨くらいで、心折れるような俺たちじゃない。

人生はそういうもの。迷いはもう、なくなったのだ。雨よ止んでくれ。道よ開けてくれ。

はるか彼方へ、思いをとばす。

きっと、きっと、届きますように。

|

« 2012年2月 | トップページ | 2012年4月 »