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2011年4月 3日 (日)

「社会とつながる」って・・・

JR東北新幹線、4月下旬に運転再開の見込み。

在来線のJR東北本線も、すでに復旧している仙台~利府間他に加え、岩切~松島間他三区間が5日復旧。新聞発表の情報を総合すると、順次4月中旬までには全線復旧の見通し。

JR釜石線、遠野~釜石間、4月上旬復旧予定。

JR仙石線、小鶴新田~東塩釜間、4月中旬復旧予定。

JR石巻線、小牛田~前谷地間、4月中旬復旧予定。

三陸鉄道北リアス線、すでに復旧済みの宮古~田老間、久慈~陸中野田間に加え、田老~小本間も復旧。

テレビも、全ての放送局がニュース以外の番組を流す時間帯が多くなってきました。日常が、少しずつ、少しずつ回復されることに喜びを感じる一方、いまだ現在進行形の原発の状況が、リアルタイムで入ってこないことに、不安を覚えます。

それと同じく、浜坂は「歌を歌う」ことに対する無力感に、相変わらず時折どうしようもなく襲われます。もう活動休止になったのだから、いいじゃん、と言われてしまえばそれまでなのですが。

要するに、「社会とつながる」ということに対して、「結局何もできないじゃん」という無力感のことです。浜坂にとっては、とても、辛い。これまで歌を歌ってきたものとして、自分のやってきたことの無力感に捉われるというのは、どうしようもなく辛い。

「誰かに歌を届ける」ということが「自己満足なのでは」?という思いを、いまだ完全に振り払うことができません。有名ミュージシャンの「被災地の人に元気を届けられたら素晴らしいと思います」という言葉に、変に反応してしまったり。

「元気を届ける」っていう表現、なんか他人事っぽい。

自分が現地へ入るとしたら、そんな言葉、言えるでしょうか。多分、何も言えなくなって、ただ誰かの隣で話を聞き続ける、とか。あるいは、そうやって人と向き合うことが、そもそも果たして私にできるのかな・・・

たぶん、みんな、どんな言葉を使っていいのか分からなくて、判を押したように「元気を届けられれば」という表現を使ってしまうのでしょうが、浜坂には強烈な違和感を禁じ得ません。

考えすぎでしょうか。普段から、「ステージをお届けする」という言葉を浜坂は頻繁に使っているのですが。

そんなことで煩悶していたら、お昼にやっていたニュースの中で、陸上女子短距離の選手が、こんな表現を使っていました。

「私の走りを見た、被災者の方が何かを感じていただけたら、と思います。」

自分が何かを届ける、という、「自分」主体のやや傲慢な表現を使わずに、自分には何もできないが、何かを「感じて」ほしい、という、受け手の方にやや身を委ねたような言い方。

みんな、考えてるんだな。行動や発言の全てが震災と関連して意味づけられてしまう、そんな時として苦しく難しい状況の中で、発言の中身に気をつけながらインタビューに応えている様子が伝わってきて、好感を持ちました。

「感じる」という表現も、大差ないよ、と言われてしまえばそれまでなのですが。・・・というか、こんな悩み、「なんだそれくらいで」「今頃・・・」とか言われるんでしょうね。やはり考えすぎなのかもしれません。

「歌を歌う」ことの中の、「何かを伝える」とか、「何かを届ける」という側面が強すぎる、押し付けがましい、と大学時代さんざん叩かれました。ふざけるな、誰に届けるでもないような歌、ただの自己満足じゃないか、と憤慨して、当時所属していたサークルを辞めました。若かったあの頃。

そんな浜坂が、今、最も歌が必要とされる時期に、歌に対して自分のスタンスが確定しないことに、自分自身憤りを感じています。高校時代、大学時代の日記をひっくり返して読み返してみましたが、自分の中で答えは出てきませんでした。

自分が何も行動できていないからでしょうか?頭の中で考えるばかりだからでしょうか?仙台に、かけがえのない先輩方がいる。無事は確認できたものの、本当のことを言うと、今すぐにでも会いに行きたい。私にできる可能な限りのことをしたい。

でもそれすら、「現地の人のためというより、自分のためなんですね」と言われると、多分言い返せない。

今は、新しい職場(福祉施設)で守るべき人たちがいて、長期間という時間は取れないし。音楽活動だって、今の職場でしばらく実績を積みたいということもあり、無期限休止にしましたし。・・・そう、ここなんですよ、この、自己中心的な気持ちなんですよ、責められるべきは。

音楽活動に話を戻しますが、いつか遠い将来は復活するつもりでいます。何年後か分かりませんが。それまでに、もう一度気持ちを整えておきたい。

「社会とつながる」という、去年から、否、大学時代から、否、音楽をはじめた当時から引き続いて自分のモチベーションとしていることを、静かに、冷静に考えていきたい。そんなことを考えています。

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