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2010年10月12日 (火)

ミスター・ゲゼルシャフト。

昨日、今日と、立て続けにライブを見て、浜坂の音楽熱に完全に火がついています。

猛烈に歌いたい。

浜坂がなぜこんなに歌にすがりつくのか、これだけは、自分でも説明がつかないなあ。

・・・いつだったか、大学の友人に、「俺を、『ミスター・ゲゼルシャフト』と呼べ!」と口走ったことがあります。わかりますか?これ。

『ゲゼルシャフト』とその対義語『ゲマインシャフト』とは、共に社会学の用語です。地縁、血縁など、いわば「生まれたときから、はじめからそこにある共同体」が、ゲマインシャフト。家族とか、同郷の同級生なんかが、これですね。それに対して、ある目的や利害関係のために「わざと作った」のが、ゲゼルシャフト。会社や、近代国家などが、これにあたります。

要するに。

浜坂は、たまたま出会ったというだけでは、仲良しにはならないよ、浜坂は、表向きの体裁だけ整えて、実は「産みたくなかった」と言われたり、そんな母の下で生きてきた嫌な思い出があるんだ、時代の中で、どうしてこういう種類の「理不尽なこと」が起きるのか、そういうところと向き合って人間らしく生きる、という浜坂の思想に賛同してくれる人としか、浜坂は付き合うわけにはいかない、そんな思想の共同体を作っていきたいんだ、などと、若かりしあの時、浜坂は口走ったわけです。今も続く、大学の同級生のつながりには、浜坂、いまもこの点を感じるところがあります。

・・・厳密に言うと、浜坂の、この「ゲゼルシャフト」の使い方、少し間違っているのですが。まあそこは大目に見てください。

でも、今もあまりこの考え方は変わっていなくて。だからこそ、「福祉」という思想を追い求めて生きている、とも言えましょう。

たとえば今日、浜坂は髪を切ってきたわけですが、お世話になっている美容師の方、浜坂が床屋から美容室に替えてはじめて担当してくれた方で、髪型がとても気に入っているというのもありますが、それだけじゃないんです。

地方から出てきて。東京のお店で修行して。途中決心して沖縄に行ったりもしましたが、何年かしてまた東京に戻ってきて。

転々とする、ということは、人生迷いながら、もがきながら、考えて生きていることのひとつの証でもあります。あえてそんな深い話まで聞いたりはしませんが。そうしながら、髪を切る、ということによって、この街の人々がキレイになっていくことに貢献をしているわけです。

・・・なんて書くと話が大きくなりますが。そんな風にして「社会の中で生きている」人としての姿に尊敬して、寄せていただいているところもあります。そういう人とは、離れたくない。何度でも会いたい。そう思ってしまいます。

さて、では、歌は?

たぶんここは、「人間らしく生きる」ことと、密接に関わってくるんでしょうね。

まして浜坂は、歌の世界に入るきっかけが、「学生運動の中のフォークソング」という、まさに「思想」から入りましたから。

「思想」から入ったはずなのに、気がついたら、音楽そのものから抜け出せなくなってしまいました。

弾き語りスタイルが好き、というそれこそ好みの問題もありますが、音楽にのめりこむことそのものが、「人間らしく生きる」ことを求める活動でもあるんですよね。

そのことを知っている方々に囲まれている浜坂は、幸せです。

だけど、もはや思想うんぬんを抜きにして、音楽はやめられないです。歌いたい。この衝動ですよね。

「生きる理由」なんて堂々巡りの考えを吹き飛ばす、歌いたい、電車に乗りたい(笑)、大切な人に会いたい、という衝動。

・・・もしかしたら、この衝動を持ち合わせている、というだけで、人はつながりあえるものなのかも知れません。

「産みたくなかった」とは言いつつも、ここまで浜坂を育ててくれたのは、子どもを育てるという親の衝動=本能なのか、否か・・・などと、何とかして母を肯定したいという気持ちもあるのですが。

「ゲマインシャフト」としての「仲間」というものも、かけがえの無いものなのだ、ということに気づかせてくれたのは、浜坂が東京に移り住んでからも頻繁に声をかけてくれた中学の同級生たちですが。

浜坂、この「仲間」の輪に加えてもらっていることに居心地のよさは感じますが、歌や思想を求める浜坂の衝動からは、浜坂自身逃げることができません。

こんな風にして、浜坂は明日からも生きていきます。なんて壮大なことを考えてしまった、今週末です。

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