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2010年9月18日 (土)

結婚式に「親子の絆」と「ふるさと」を想う。その2

 石川県を離れることになる新郎と、そのことをいまだ認めていない新郎の父。そんな問題が横たわっていた中での結婚披露宴。
 新郎の愛知県の職場の同僚たちが、余興の中サプライズで、新郎の父に手紙を用意させていたんですね。中学の同級生、浜坂たちの余興より後に余興を設定してくれと盛んに訴えていた理由が、これだったんですね。
 「おまえを養うためとはいえ、母さんと二人で立ち上げた事業に追われ、何にもおまえに父親らしいことをしてやれなかった。おまえはこの愛知・岡崎の地で、嫁さんを幸せにしなさい。お父さんは、やがて生まれてくるであろうおまえたちの子ども、父さんにとっての孫に、おまえにしてやれなかったたっぷりの愛情を注ぎたいと思います・・・」
 実家の家業を継ぐことなく家を出るカタチとなるために、直前まで結婚に難色を示していた新郎の父が、はじめて息子を許した瞬間、新郎はじめ、事情を知っていた浜坂はじめ新郎の中学の同級生一同、そして新郎の職場の同僚たちは一斉に号泣。
 それを受け、「一言、いいですか」と、新郎は予定にはなかった父親へのスピーチ。「毎日深夜2時まで働いて俺を育ててくれて、それでも俺はそんなオトンとオカンに最近は帰省しても全く口を利かんようになってしまって・・・」
 新郎が、自分の両親に対してイイ印象の言葉を口にしたのは浜坂、聞いたことが無かったですが、言うならばここしかない、と思ったんでしょうね。
 新婦から新婦の両親へ感謝の手紙、そして最後の新郎から列席者へ感謝の言葉と続いて、つつがなく披露宴はお開きとなったのでした。
 新婦の友人たちは、披露宴会場の岐阜から、地元の愛知・岡崎へ早々に帰ってしまい。
 新郎の友人一同は、そのことが分かっていたのであえて2次会を設定していなかったのですが、中学の同級生一同と新郎の職場同僚一同は、居酒屋へ合流して深夜まで飲み明かしたのでした。
 浜坂はじめ中学の同級生一同は、はじめは新郎を「石川へ帰って来い」と吊るし上げもしましたが、もちろん結婚自体には当初から賛成で。「次、ウチらの誰かが結婚するとなったら、式場また岐阜にする?縁もゆかりもないけど(笑)」などと冗談を飛ばしたりしています。
 そういうものです。仲間というものは。年末年始、よくよく考えれば特に集まる理由も無いのですが、必死に10人の日程を合わせて、集まって騒ぐ。
 そういうものです。時にはキツイ言葉も飛び交うけれど、お互いがお互いを絶対的に肯定しあっているような。
 浜坂も、親を嫌い、ふるさとを離れて暮らす身。いろんな意味で考えさせられる、そんな結婚式でした。

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