« 2010年8月 | トップページ | 2010年10月 »

2010年9月29日 (水)

広島が建さんの引退試合勝利で飾る

広島が建さんの引退試合勝利で飾る

http://sports.yahoo.co.jp/news/20100929-00000055-dal-base.html(デイリースポーツ)

優勝争いばかり注目されますが、その中で、こういうニュースにも注目してほしい。

こんなニュースを見る時期になったんですね。横浜高校出身の高橋建にとって、引退試合が横浜戦っていうのも、感慨深いものがあったでしょうね。

広島カープのファンとして、この記事をチェックせずにはいられなかった。

長い間、感動をいただいたことに、感謝、感謝!

|

2010年9月22日 (水)

仲秋の名月。

みなさんは見られましたか?東京・清瀬で働く浜坂は、夜6時、仕事中のクルマの中から見ました。

踏み切り待ち、通過する西武線の電車の上に見える月という、鉄道マニアにとって最高のシチュエーション!

・・・ですが、もし忙しさのあまり気づくことが無かったら、今は曇天の東京、名月を楽しめることは無かったでしょう。

あるいは、今年は雨天のために、月を見られなかった地域も多々あったことでしょう。

・・・ここ数年は、「季節を感じる」ことが、忙しさのあまりほとんど出来なくなっている浜坂ですが。

それでも、仲秋の名月は、確かに空に浮かんでいる。たとえ気づかなくても。たとえ雲にさえぎられても。

浜坂のブログ、一番最初の記事を、故郷、金沢の桜並木の写真からはじめたのも、何かの縁があるのでしょうね、

季節が長い長い沈黙の後、ほんの一瞬、輝きを見せるように。

私たちも、数ヶ月に一度、あるいは、何年に一度、ほんの一瞬の輝きが見たくて、いや、ほんの一瞬の輝きただそれだけのために、生きていける。

そのときに、確かに輝けるように。明日という日常を、生き抜いていくだけです。

|

2010年9月20日 (月)

20日、湘南台公園、セットリスト

本日、湘南台公園にお越しいただきましたみなさま、ありがとうございました!

セットリスト

1.再会

2.大聖寺駅

3.川崎球場

4.この町をふるさとと呼んでもいいですか

5.スカイライン

6.ターミナル

でした。

久しぶりのライブ。実はかなり緊張していましたが、これまで何度も共演させていただいた、浜坂が信頼する方の直前に出番を組んでいただくなど、たくさんのご配慮をいただいて、なんとか乗り切ることが出来ました。

そして、久しぶりにお会いしたみなさまの、あたたかな笑顔!やはり浜坂、みなさまのところに帰りたい。何度でも帰りたい。

今後とも!よろしくお願いいたします。

|

2010年9月19日 (日)

【オフィススカイ青木プレゼンツ】20日、湘南台で歌います

ミュージシャン「トレイン浜坂」、久しぶりのステージ、出演時刻が決まりました。

9月20日(月・祝)、湘南台公園(神奈川県藤沢市)「月見まつり」特設ステージ(小田急江ノ島線、相鉄いずみの線、横浜市営地下鉄「湘南台」駅歩7分)

主催:湘南地域振興会、ステージ担当:オフィススカイ青木

浜坂は、14:00からのステージです。ただし、天候や、他出演者の状況により、出演時刻が大幅に前後する可能性がありますので、あらかじめご了承ください。

また、会場の特性上、炎天下&風により砂ぼこりが舞ったり、などという可能性がありますので、ご来場者におかれましては、もろもろのケアをよろしくお願いいたします。

では!

|

2010年9月18日 (土)

結婚式に「親子の絆」と「ふるさと」を想う。その2

 石川県を離れることになる新郎と、そのことをいまだ認めていない新郎の父。そんな問題が横たわっていた中での結婚披露宴。
 新郎の愛知県の職場の同僚たちが、余興の中サプライズで、新郎の父に手紙を用意させていたんですね。中学の同級生、浜坂たちの余興より後に余興を設定してくれと盛んに訴えていた理由が、これだったんですね。
 「おまえを養うためとはいえ、母さんと二人で立ち上げた事業に追われ、何にもおまえに父親らしいことをしてやれなかった。おまえはこの愛知・岡崎の地で、嫁さんを幸せにしなさい。お父さんは、やがて生まれてくるであろうおまえたちの子ども、父さんにとっての孫に、おまえにしてやれなかったたっぷりの愛情を注ぎたいと思います・・・」
 実家の家業を継ぐことなく家を出るカタチとなるために、直前まで結婚に難色を示していた新郎の父が、はじめて息子を許した瞬間、新郎はじめ、事情を知っていた浜坂はじめ新郎の中学の同級生一同、そして新郎の職場の同僚たちは一斉に号泣。
 それを受け、「一言、いいですか」と、新郎は予定にはなかった父親へのスピーチ。「毎日深夜2時まで働いて俺を育ててくれて、それでも俺はそんなオトンとオカンに最近は帰省しても全く口を利かんようになってしまって・・・」
 新郎が、自分の両親に対してイイ印象の言葉を口にしたのは浜坂、聞いたことが無かったですが、言うならばここしかない、と思ったんでしょうね。
 新婦から新婦の両親へ感謝の手紙、そして最後の新郎から列席者へ感謝の言葉と続いて、つつがなく披露宴はお開きとなったのでした。
 新婦の友人たちは、披露宴会場の岐阜から、地元の愛知・岡崎へ早々に帰ってしまい。
 新郎の友人一同は、そのことが分かっていたのであえて2次会を設定していなかったのですが、中学の同級生一同と新郎の職場同僚一同は、居酒屋へ合流して深夜まで飲み明かしたのでした。
 浜坂はじめ中学の同級生一同は、はじめは新郎を「石川へ帰って来い」と吊るし上げもしましたが、もちろん結婚自体には当初から賛成で。「次、ウチらの誰かが結婚するとなったら、式場また岐阜にする?縁もゆかりもないけど(笑)」などと冗談を飛ばしたりしています。
 そういうものです。仲間というものは。年末年始、よくよく考えれば特に集まる理由も無いのですが、必死に10人の日程を合わせて、集まって騒ぐ。
 そういうものです。時にはキツイ言葉も飛び交うけれど、お互いがお互いを絶対的に肯定しあっているような。
 浜坂も、親を嫌い、ふるさとを離れて暮らす身。いろんな意味で考えさせられる、そんな結婚式でした。

|

結婚式に「親子の絆」と「ふるさと」を想う。その1

結婚式に「親子の絆」と「ふるさと」を想う。その1

 「実家にいると腐ってしまう」とまで発言したことのある男が、結婚式で涙を流しながら父親への言葉を口にすると、こっちまで泣いてしまいますよね。
 
 浜坂は、まさか新郎が披露宴でそんなかけがえのない場面を演出するとは知らず、ひたすら余興のジャニーズを練習していたわけですが(笑)
 
石川県出身の新郎。浜坂とは中学の同級生です。クルマ整備工場を営んでいた両親の影響で同じ職業を選ぶも、実家を継ぐのが嫌だと言って、愛知県へ就職。
 
 ただし、いつかは実家を継がなければという覚悟はしていた様子。そんなときに出会った新婦。
 
 一目ぼれだったということなんでしょうな、二回目か三回目のデートで、すぐにプロポーズ。
 
 彼女の方も愛知・岡崎の実家が家業を営んでいて、いずれは娘に家業を継がせようと親は考えていて。
 
 新婦は、「愛知県を離れることになる人とは一緒になれない」と、プロポーズを拒否。
 
 新郎は、石川県へ帰ることと、好きな人と一緒になることとを天秤にかけて、好きな人を取る。二人での生計を考え、愛知県内の別のクルマ整備工場へ転職。志望動機として「結婚を考えている人がいて、結婚生活を考えて御社を希望しました」と語ったエピソードを、職場の社長がスピーチで話してたっけ。
 
 新婦、新郎のあまりの熱意に「結婚サギ」を疑うも(笑)、次第に心を許していく。
 
 今度は、新郎が、自分の実家の両親を説得する戦いをはじめるわけです。「石川県には帰れんようになるけど、すまん、許してください」と。
 
 去年の年末、新郎は、まだ「結婚サギ」を疑っていた新婦を(笑)強引に石川県に連れて行き、両親に「こいつと結婚したいと思っとるんや」と報告。
 
 両親、彼女とは一切口を利かず、わずか数時間で愛知県へ帰してしまう。
 
 いったん彼女を連れて愛知県へ戻った新郎は、すぐに両親説得のために石川県へ再び帰省。
 
 正月明けて、浜坂はじめ毎年集まっている中学の同級生10人にも、「付き合ってる彼女がいて、結婚したいと思っとるんやけど」と相談。同級生一同は、そりゃ新郎には石川県に帰ってきてほしいから、「何とかならんのか」と新郎をなかば吊るし上げ状態。
 
 それでも新郎の意思が固かったということなのでしょう。「石川県と愛知県、どっちに行くかはまだ解決しとらんけど、そのことは保留にして俺はおまえととにかく一緒にいたい」と5回目のプロポーズ。新婦、ついに首を縦に振る。
 
 そういう問題があったもんだから、結婚式&披露宴の場所も、二人には縁もゆかりも無い、岐阜。「息子を愛知県へやるとまだ決めたわけではない」という新郎の両親と、「娘を地元から外には出さない」という新婦の両親に配慮して、ギリギリのところで決めた場所。
 
 浜坂、担当の余興の出来よりも、とにかくトラブル無く披露宴が終わることを切に願いつつ、披露宴会場に入る。
 
 しかし、トラブルどころか、ものすごいドラマが待っていたんですね。

|

2010年9月15日 (水)

九州新幹線:全線開業は来年3月12日と正式発表

九州新幹線:全線開業は来年3月12日と正式発表

http://mainichi.jp/select/biz/news/m20100916k0000m020048000c.html(毎日jp)

・・・むむ!3月12日と言えば、去年ブルートレイン「北陸」と夜行急行「能登」が廃止になった日ではないか、なんという因縁・・・!

時代が変わっていくとは、こういうことなんですね・・・

|

2010年9月14日 (火)

あんな圧迫面接は、やはり人権侵害では?

あんな圧迫面接は、やはり人権侵害では?

http://oshiete.goo.ne.jp/qa/354091.html?from=mixi_news&check_ok=1(教えて!goo)

圧迫面接に恐怖を感じてしまいます

http://oshiete.goo.ne.jp/qa/3362560.html?from=navi_ranking(教えて!goo)

・・・圧迫面接を肯定できるような人は、人として常軌を逸していると浜坂は思いますがね。

圧迫面接についてのメリットなんてことを語るのは、それはハッキリ言って面接をする側の論理ですよね。

面接を受けて、ののしられ、傷つき、それでも体裁だけでも笑みを取り繕い、さんざんひどい言葉を投げつけられたのに最後までヘラヘラして。

そのあげく、アパートに戻ってから悔しさと情けなさに独り泣き崩れる。

・・・面接を受ける側の、あの惨めな気持ちを知っていれば、人としてあんなひどい言葉を吐くことは出来ないはずだ。

あのひどい面接を終えて、面接を受けた人は、必死になって考えるわけです。あの理解しがたい言葉の数々は、きっとああいうところを聞きたかったのだろう、そうだ、そうに違いない、そうでなかったら、人としてひどすぎるじゃないか・・・などと、必死に理解しようとする。

そして、応えられなかった自分が悪いのだ、そんな風に自己否定にひた走っていく。

そんな風にして心を病んでいった者、自らの命を絶ってしまった者を、浜坂はどれだけ見てきたことか!

あなたは悪くない!絶対に悪くない!圧迫面接にメリットがあるなんて、嘘っぱちだと、浜坂は声を大にして言いたい。あんなもの、ただの悪意以外の何物でもないですよ。

あのひどい言葉が、たとえ本心ではないにせよ、人として言えてしまう、そのこと自体が同じ人として許せない。否、本心ではないところで、冗談のレベルで、「チョット言ってやろうか」などという軽い気持ちで、そんな言葉を吐くことが出来てしまう人を、そもそも浜坂は人として信用しません。

圧迫面接を受けるたびに、今度こそは怒鳴ってやろうと思いつつ、何度ヘラヘラしてしまったことか。何度、泣いたことか。

今度、圧迫面接を仮に受けるようなことがあったら、面接を録音して、どこかネット上にでもばらまいてやろうかなんて、そんな衝動に駆られる。

アンタのところはこんなひどい言葉を吐いてるんだよ!ということを、世間にさらしでもしない限り、圧迫面接は無くならないですよね。

あなたの面接は、あなたのしたことは、あなたが吐いた言葉は、人を病気にしたり、人を自殺に追い込んだりしているんだぞ!それでも圧迫面接を、いろんな理屈をこねて肯定しようとするのか。そう世の中に問いたい。本気で問いたい。

完全な人なんて存在しません。上手に生きようとして生きられないのは立派な理由があります。それを言葉で説明できないだけです。

それが説明できないのが、人として劣っているとみなされるなら、逆に浜坂は聞きたい。自分の欠陥を簡単に理屈つけて肯定できる人間を、人として信用できるのか?と。

あなたは悪くない。圧迫面接は絶対悪です。心を病んでしまった方々の支援をする仕事に就いている者として、圧迫面接を撲滅できるためなら、何だってやろうと思っています。

そして、まるで圧迫面接のように、善良な人を悲しみの底に突き落とすような言葉を軽々しく吐いてしまう人でなしの心を、浜坂は糾弾し続けていきます。

|

2010年9月13日 (月)

“患者”の父と41年ぶり再会、転院先は看護師の娘の勤務先だった。

「“患者”の父と41年ぶり再会、転院先は看護師の娘の勤務先だった」http://news.livedoor.com/article/detail/4994099/(ナリナリドットコム)

ニュースを書き留める、ということを最近しばしば行っているわけですが、書き留め忘れて、後で探してもなかなか見つからない、ということが良くあります。

ようやく見つけた、この記事。まだ一週間経っていない記事なのに、探し出すのに苦労するのは、インターネットの罪ですな。新聞記事を切り抜いて大学ノートの日記帳に貼り付けていた(こういうものを「スクラップブック」と言います)昔とはだいぶ変わってしまいました。

時代は変われど、こういうニュースに敏感である感性は失いたくない。というわけで、このハートウォーミングな記事、書き留めておきます。

|

2010年9月 8日 (水)

【ライブ告知】9月20日、湘南台で歌います

ミュージシャン「トレイン浜坂」、久しぶりのステージです。

9月20日(月・祝)、湘南台公園(神奈川県藤沢市)「月見まつり」特設ステージ(小田急江ノ島線、相鉄いずみの線、横浜市営地下鉄「湘南台」駅歩7分)

「月見まつり」なのに、昼のステージなのね・・・午前中からおまつりは開催されているので、ぜひ見に来てください!

|

2010年9月 7日 (火)

朝の山手線でベビーカーが車内に置き去りに!その理由は・・・

朝の山手線でベビーカーが車内に置き去りに!その理由は・・・http://youpouch.com/2010/09/07/191236/(Pouch)

書き留めたいニュースは多々ありますが、今日は一番身近に起こりうる、この記事を書き留めることにします。

|

2010年9月 6日 (月)

本物の嵐もコンサートだったんですね(笑)

友人の結婚披露宴で、嵐の「ONE LOVE」を披露した、9月4日、土曜日。

中学の同級生一同、練習の甲斐あって、無事に踊りきりました!大盛況!

まさか同じ日に本物の嵐もコンサートだったなんて知るはずも無く(笑)

達成感と疲労とを携えて、今日から仕事に復帰です。

|

2010年9月 4日 (土)

国道一号でジャニーズを踊る@岡崎

今日の友人の結婚式のために、新幹線で昨夜岡崎入り。

友人の結婚式の余興で、嵐の「ONE LOVE」を踊るために、最終練習で前泊をするというありえない男たち(笑)

同級生一同が迎えに来てくれた豊橋の駅から、西へ車を進めながら、トラックひしめく天下の国道一号を、カーオーディオでガンガン曲をかけ、車中ひたすら手の振り方の練習をする、とてもアヤシイ人たち(笑)信号待ちで隣に並びたくないタイプの車ですな(笑)

矢作川の河原に集合、新郎も含めてダンスの練習という、青春まっただ中の光景。

しかし寄る年波には勝てず、26時にてジャニーズの練習はダウン(笑)

新郎以外は、近くのビジネスホテルにチェックイン。ホテルのロビー備え付けのパソコンで、これを書いています。

さあ、今日はいよいよ当日、ミスなくできるといいな。

|

2010年9月 3日 (金)

現在、豊橋へ西進中。

現在、豊橋へ西進中。
現在、東海道新幹線「ひかり531号」名古屋行きにて西進中。

友人の結婚式を明日に控え、同級生一同は仕事を終えて車で石川県から、そして浜坂は新幹線で東京から、愛知県岡崎市の新郎の家を目指しています。

独身最後の夜は、中学の仲間達と過ごすのだ。

で、披露宴の余興で、嵐の「ONE LOVE」をやるために、今日は新郎含めて踊りの最終チェックをし、夜を明かすのだ(笑)

豊橋着23時01分。おそらく、迎えに来てくれる同級生の車は、「ONE LOVE」を「一曲リピート」でかけ続けているでしょう(笑)

|

2010年9月 1日 (水)

悲しいニュースを書き留める・・・その後。

インド人学生いじめ自殺、再調査へ 大学「見舞金30万円で合意」http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/100831/crm1008311400015-n1.htm(MSN産経ニュース)

危うく見逃すところだった、このニュース。浜坂は毎日、ニュース番組を見て、ネットでニュースをチェックして、というのが寝る前の日課になっていますが、ネットのいいところは、関連ニュースが追いやすい、という点ですよね。

ニュースを見て一喜一憂するわけですが、そのことを翌日以降も考えているのか、といったら、完全に忘れているわけで。

「その後」を伝えるニュースに出会い、また一喜一憂して。あくる日はまた忘れ去ってしまって。

そんな毎日の中。自分の中で「許せないこと」「保ち続けたい価値観」は、いつまでもしっかりと持ち続けていたい。そう思うわけです。

|

« 2010年8月 | トップページ | 2010年10月 »