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2010年8月31日 (火)

悲しいニュースを書き留める、これが「日記」でしょう。

「子供がうるさいので電車降りてくれませんか」と母親に言った女性会社員の行動について議論http://youpouch.com/2010/08/31/110031/(Pouch)

大学が「いじめ自殺」を隠蔽 「息子に会いに…」父も後追い自殺http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/100831/crm1008310200001-n1.htm(MSN産経ニュース

痴漢“無実”証明できぬまま自殺 息子信じる母、目撃者捜し続く http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/100519/crm1005192130044-n1.htm(MSN産経ニュース)

もう15年以上も前、大学ノートの日記をつけはじめた当初は、気になった新聞記事をハサミで切り抜いて貼り付け、それについての考えを書き記す、みたいなことをしょっちゅうやってました。

今。悲しいニュースを発見しても、考えるヒマすらない自分に大いに憤りを感じています。

だから、せめて。こんなことがあったのだ、という、そのことだけでも、記しておく。それが、正しい意味での「日記」というものでしょう。

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2010年8月29日 (日)

大学ノートの日記、つけてる人まだいます?

浜坂、普段つけている大学ノートの日記帳を新しいものに買い換えました。

今まで使っていた日記帳を最後のページまで書き切ったためですが、いやはや、この日記帳、40ページを実に2年かけて書きました。要するに、19日あたりに1ページの計算ですね。ひどい時は2ヶ月も間が空いた日もあります。

書きたいときに書く、をモットーとしているので、間が空くこと自体は気にしていないのですが、去年からブログをはじめた関係で、紙の日記帳に書く回数は、これからも減っていくでしょう。

だけどやはり、ブログにすら書けないようなこととか、ブログに書く以前の問題として自分なりに考えをまとめたい、といったときに、紙の日記帳はいいんですね。

ちなみに、最後のページに書いた話題は、「新幹線、新大阪~鹿児島に3時間台『みずほ』投入へ」http://www.news24.jp/articles/2010/08/24/07165349.html(日テレNEWS24)についての雑感でした。

新しく買った日記帳の最初のページには、来週に迫った友人の結婚式の、余興の練習が追いつかないグチを書きました(笑)こんなグチ、ブログで公開するわけにはいかないものね(笑)

グチを書いたり、書きながら調べごとをして自分の考えや、その元として認識している知識が間違って覚えてないかなどというチェックをしています。

いいですよ、紙の日記帳は。いろんなことが「たまって」いる人には、ブログやツイッターと併用して、はじめてみてはいかがでしょうか。

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2010年8月22日 (日)

帰りましょう。やさしく叱ってくれる人がいる場所へ。

帰りましょう。やさしく叱ってくれる人がいる場所へ。
結婚式の余興の練習のために、男たちがジャニーズを踊ったアホな夜。

一夜明け、職業病のために独りだけ早く起きてしまった体から、残った眠気をぼんやりとりつつ考える。

馬鹿なことやれるのは、「帰れる場所」があるからだよ。

馬鹿なことに対して、「馬鹿だなあ、浜ちゃん!」と、やさしく叱ってくれる、やさしく突っ込んでくれる人がいなければ、どれだけ馬鹿なことをやっても、虚しさが残るばかりです。

あと少し、はめをはずしたら。帰りましょう。「馬鹿だなあ」と言ってくれる人の下へ。

明日から、また。明日を信じて、生きて行こう。「馬鹿だなあ」「ホント馬鹿ですよね」と言い合って、みんなと一緒に、確かに生きて行きたい。

ちなみに鉄道マニアとしては、「三河安城」なんて、普段絶対利用することのない駅に降り立ったのは、どこか感慨深いものがありました・・・!

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2010年8月21日 (土)

現在、三河安城へ西進中。

現在、愛知県「三河安城」駅を目指して、新幹線「こだま」号は西進中です。

中学時代の同級生(現在愛知県岡崎市在住)が来月結婚するのですが、同級生一同が披露宴で余興をやろうということになりました。

嵐の「ONE LOVE」を踊ります(笑)新婦がこの曲、好きなんだって。

サプライズで新郎にも踊ってもらう、ということで、東京から浜坂、石川県から同級生3名、合同練習のために現在、わざわざ岡崎へ集結中です(笑)

本当は盆休みに集まるつもりだったのですが、予定が合わず今日になってしまいました。

ジャニーズの踊り、一曲作るよりはるかにムズカシイ(苦笑)

それにしても。

浜坂は、結婚はおろか、彼女を作ることすら、無理だな〜(笑)少なくとも、残業だらけの今の職場では。あるいは、一生独身を、覚悟した方がいいかもわからないですね。

いいですよ。残業だらけといい、念願だった福祉の世界に来れたから。

あまりいい家庭環境で育って来なかった浜坂、ましてや教職からの転身組。人生やり直すには、これくらいの犠牲も必要だったのかも。

そういう星の下に生まれたんですよ、浜坂は、たぶん。

生活は相変わらず厳しく、彼女を作る以前の問題だし(ToT)いいんですよ。美味いもの食べたりとか、そういうものと引き換えにして、勝ち取ったものがあるんです。音楽とか、福祉の世界とか。

それでも淋しい時は、逆にひとりになることです。下手に誰かに会いに行ったりして、淋しさを感じる自分から逃げないことです。

ひとしきり泣いて。淋しいと感じる自分自身を、たったひとりで受け止めてから、笑顔で誰かに会いに行けばいい。

自分から逃げている限り、無駄に大金はたいて友達と飲んだり(というか、そんなことに利用するだけの友達なんて、友達でも何でもないのですが)、新幹線に乗って逃避行したりと、そんなことはいつになっても直らないのです。

ひとりになりなさい。ひとりに。くだらない淋しさだけど、それが現実なんです。

というわけで、新幹線の車中、友人に会いに行く途中でこんな文章を書いている、全く説得力のない浜坂です。

結婚するやつに会いに行くから、ひがんでるだけだよ!ふん・・・


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sent from WILLCOM 03

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2010年8月14日 (土)

生きることそのものが、この国では戦いなんです。

浜坂、誕生日が8月ということもあり、この時期、毎年いろんなことを考えます。

しかし、今年は仕事に追われ、気づいたら8月を迎えてしまった、という感じです。何の感慨を感じるヒマさえありませんでした。

希望する職種に就けたとはいえ、あまりに残業が多すぎる、というのは問題です。5月に職を変わって以来、この3ヶ月強、、長かった、本当に長かった。

あれ?去年までは、わざわざ広島まで行ったりして、いろんなことを考えたのだけれど、もうそんな心の余裕すら失ってしまったのかな?と思ったら、何だか急に悲しくなりました。

「企業戦士」という言葉に一種の憧憬を抱く方は多いのでしょうが、浜坂は真っ向から否定します。「企業戦士」として家庭を全く顧みなかった父の下で家族は・・・という、典型的な少年時代を歩んできたからです。

みなさん、「人間らしく生きて」いますか?

8月、ということで、65年前の戦争を考えるドラマやドキュメンタリーなどを見て、もっともらしいことを考えたりしますが、忘れていませんか?この国では年間自殺者が3万人超、イラク戦争の年間あたり犠牲者を上回っている、という事実を。

生きることそのものが、この国では戦いなんです。とりわけ、「人間らしく生きる」ことは。

超過勤務に苦しんでいる人、生活にあえいでいる人。やりたいことはたくさんある、だけどその全てを捨てて、「仕事」「生活」のために尽くさなければならない・・・

「仕事」「生活」を、「国家」に置き換えてみてください。「その全てを捨てて『国家』のために尽くさなければならない」。私たちの現状は、戦時中と同じ、ということです。音楽や、野球や、家族など、様々なものを大切にしていた人たちが、突然その全てを奪われた、「あの時代」と。

生き延びてください。あきらめない限り、明日は必ず来る。

いつしか「どうせ私の人生はじめからこんなものだったんだ」「こうなったのは全て私のせいなんだ」と、自分ばかりを責めるようになってしまう、その前に。

私は、まだ「人間らしさ」を失いたくはないのです。

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2010年8月 8日 (日)

音楽の街・あつぎ鮎まつり!その3

 この「あつぎ鮎まつり」の音楽を盛り上げたのは、紹介した赤Tシャツの団体だけではありません。
 
 サブステージでも、たくさんのミュージシャンが、歌を届けました。そもそもサブステージがあること自体、お祭りの大きさを示しているし、しかもメインとサブ両方において、地元ミュージシャンの歌を届けている、このことでも、音楽が地域に根付いている様子に気づいていただけることと思います。というか、「メインとサブ」って、なんだか差があるように聞こえますが、人通りの多さやミュージシャンの実力から見ても、あんまり差は無いんですけどねっ。
 
 浜坂、普段はこの団体とはライバル関係にある団体に所属しています(ウチだって負けてらんないもんね!ふん・・・!っとか言っておいて、浜坂、ウチが主催するイベントにも結局関われませんでした。スミマセン!)。それだけではなく、この厚木には、地元ミュージシャンを育て、支援していこうという団体や個人の方たち(もちろんライブハウスの人たちも)が大勢います。
 
 そうした人たちが、普段はお互いライバルとして火花を散らしな がら、こんなお祭りの時には手を取り合って(もちろん水面下で火花は散らしていますが・・・!)、お祭りを盛り上げています。
 
 そんな姿が浜坂は大好きです。だから浜坂は、この街を今は転居してしまいましたが、今でも大好きです。「お帰り!」と言ってくれる。生まれ故郷でも何でもない浜坂を、ふるさととして迎えてくれるこの街が、この街の人が、浜坂は大好きです。
 
 こんな音楽にあふれた街で、浜坂、これからも音楽活動、続けていきます。そして、いつか、いつの日か、あのメインステージに。昔から憧れだった熊木杏里さんや奥華子さんと同じステージに。立ちたいですね。
 
 「あつぎ鮎まつり」にお越しの音楽ファンのみなさま。厚木市内では、ほぼ毎週末、どこかで屋内や野外イベントが開催されています。ぜひぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか?
 
 浜坂も時々、スタッフや出演者というカタチで、イベントに関わっています。もし見つけたら、お声をかけてみてください。
 
 お待ちしています!

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音楽の街・あつぎ鮎まつり!その2

 「あつぎ鮎まつり」メインステージでスタッフとして働いていた赤いTシャツの人たち。お祭りに来ていただいた音楽ファンの方たちに、ぜひあの赤Tシャツの人たちのことを、知ってほしいのです。
 
 あの方たちは、普段から厚木市内各所で、地元ミュージシャンによるフリーライブを企画、運営して下さっている任意団体の方です。浜坂は、この団体とは「ライバル関係」(!?)の団体に所属していながら、普段から大変お世話になっている方々です。
 
 最近、ついにNPO法人として活動をスタートさせました。そして迎えた「あつぎ鮎まつり」。熊木杏里さんや奥華子さんのライブを見るために、早くに現地入りしたファンの方々は、その前に登場していた地元ミュージシャンの演奏を聞いていただけたことと思います。
 
 レベル、高いでしょ?この「あつぎ鮎まつり」が、こんなにも音楽にあふれるようになった歴史において、この団体が果たした功績って、すごく大きいんです。地元のミュージシャンを愛してくれ、活動を応援してくれる、こんな志の高い方が地域にいることで、ミュージシャンは どれほど救われることか。
 
 あの日出演した地元ミュージシャンは、普段からこの団体の地域活性化の趣旨に賛同し、ライブパフォーマンスというかたちでイベントを盛り上げているミュージシャンたちです。そして地元のお祭りで、熊木杏里さんや奥華子さんみたいなビッグなミュージシャンと同じステージに立てる。こういったことが、地元ミュージシャンのレベル向上につながるんですね。
 
 ビッグなミュージシャンがお祭りに来る!ということで、お客である私たちは期待いっぱいでイソイソと出かけていくわけですが、そもそもお祭りにこんなすてきな音楽イベントを企画してくれた地元の人がいる、ということ。そしてその人たちが、地域活性化のために、音楽に対してとても温かい目を持ってくれているということに、思いを馳せてください。そしてこの厚木という街を、より身近に感じて下さったら、こんなにうれしいことはありません。
 
 浜坂とも仲良くさせていただいている多くの人が、スタッフとして赤Tシャツを着ながら、ごみ袋を持って会場を巡回している。そんな志の高い姿を見て、音楽ファンの 人には、もっともっと地元で活躍するミュージシャンにも目を向けてほしい!と思いを強くするのです。

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音楽の街・あつぎ鮎まつり!その1

 今週末、厚木の「あつぎ鮎まつり」に行かれた方、いますか?今年の花火のカウントダウンライブには、熊木杏里さんと奥華子さんも登場。熊木杏里さんの隠れファンである浜坂、いそいそと駆けつけました。
 
 よかったですね!熊木杏里さんの新曲「夏の日」、もっともっと聞きたいです。それから、奥華子さんのライブ、時間切れで残念でしたが、次回の海老名フリーライブ、要チェックですね。
 
 ここ厚木はアマチュアミュージシャン浜坂にとって音楽活動の拠点でもあり、このお祭りには地元を代表するシンガー・田宮俊彦はじめ、多くのミュージシャンが祭りに華を添えました(って、浜坂は今回、事情により観客の立場でしたが)。
 
 華を添えたのはミュージシャンだけではありません。祭りに行かれた皆さん、メインステージでスタッフとして働いていた、赤いTシャツの人たちを覚えていますか?

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2010年8月 1日 (日)

【鉄道マニア、ニュースを読む】日本の誇り・余部鉄橋が壊されていく・・・

「約1世紀の歴史に幕 余部鉄橋」(産経新聞)

http://news.biglobe.ne.jp/social/249/san_100713_2490773294.html

鉄道マニア浜坂、全国の鉄道風景を見てきましたが、ダントツ一位に挙げていたのが、この橋です。

もう何度、ここに足を運んだことでしょうね・・・風光明媚な場所は数あれど、人生に疲れたときにフラッと訪れて、心の底から「生きてて良かった」と感じる場所は、あまりないものです。

高さ41メートル。夕方には、集落全体の屋根に、橋から伸びる影が映る雄大な景色。何より、集落の人が、この橋を誇りに思って生きている様子が、とても大好きでした。。「富国強兵」政策の下、全国に鉄道網を整備しようとする意気込みがなければ、こんな壮大な橋は生まれなかったでしょう。そんな、日本の歴史という点から見ても、重要だったこの橋。

鉄道好きのキャスター・藤富郷さんも、この橋について一筆書いていますが(2007.2.13)http://www1.news24.jp/blog/weather-column/cat17/、浜坂、ほぼこの人と同じ意見です。

浜坂の意見をまとめると、

①橋から列車が転落した事故をきっかけに橋の架け替え計画が持ち上がったものの、そもそも事故自体が橋の構造的欠陥ではなく人為的ミスによるものだったこと。

②事故以降、風速による運行停止基準が厳しくなり、橋のせいで列車が走れなくなったというものの、事故当時の1986年に走っていた特急列車はほとんどが廃止になっており、当時に比して運行停止によるダメージは格段に小さくなっていること。

③「鉄橋は老朽化もあってメンテナンス費用が膨大」という「お金の論理」で架け替えが決まってしまったこと。実は、「今あるものを保存する」という事に関しては、日本は世界でもトップクラスの技術を持っています(数年前の、阪神甲子園球場のリニューアルがその典型例です)。特急列車の多くが廃止になってしまった今こそ、この技術を活用して鉄橋に列車を走らせ続け、地域活性化のための観光資源として生かすべきでした。

藤富さんもブログの中でこう述べています。

「各地で観光資源を探している中で、みすみす自分から手放すなんてどうなんでしょうか。
朝昼夕、春夏秋冬、様々な表情を見せてくれる餘部橋梁。
何度も行ってみたいと思わせる橋でした。
コンクリートのありきたりの橋にしたら、興味を持てるかどうか…。
現在の橋も「部分的に残す」案もあるようですが、かえって中途半端で
不細工になっています。
活きている橋だからこそ、”乗って楽しめ、見て楽しめる”魅力があるんです。」

浜坂は、地元の人のことを一番心配しています。「緑の谷にそびえたる 鉄を組みたる橋の塔」と、地元・余部小学校の校歌にも刻まれるほど愛していたこの鉄橋が、コンクリートの橋に変わって、「余部の誇り」は保たれるのでしょうか?

浜坂は悔しい。地元の人がこんなにも愛していた鉄橋が。「富国強兵」の明治期日本を象徴する、歴史的に見ても世界に誇るべきだったこの橋が。日本全国の無知の中、ひっそりと壊されていく、その姿が。

東京・丸の内のビルを取り壊すことに政治家・鳩山邦夫が強行に反対した一方、この橋のことはついに見捨てられたことに、浜坂は今でも憤りを禁じえません。浜坂は「富国強兵」など、戦争につながる思想には慎重な態度を崩しませんが、旅を愛するものとして、「地域の文化の象徴が壊されていく」ことには、とても敏感です。

浜坂の憤りは、かつて滋賀県でこれも明治期の文化的建造物だった小学校校舎が、建て替えをめぐり町長の独断で破壊されたときと同じくらいと言っていいでしょう。さらには、アフガニスタンのイスラム原理主義組織タリバンが、バーミヤンの石仏を宗教的理由から破壊したときと同じくらいと言っていいでしょう。余部鉄橋は、浜坂にとって、バーミヤンにも匹敵するものでした。

アマチュアとはいえ、たくさんの人に歌を届ける立場の浜坂。鉄道に関する情景を歌にしているにも関わらず、この余部鉄橋をめぐる人々の思いを、伝えていく活動が足りなかったことに、深く反省をしています。

歴史的建造物には、それをめぐるたくさんの人々の思いが込められています。その思いを「老朽化」という言葉でもって退けて欲しくはありません。もう一度言いますが、阪神甲子園球場は改修工事を経て、さらに数十年にわたり人々の思いを受け止めようとしています。

地方にはそういった場所がたくさんあるのだ、ということを、知って欲しい。「文化、文化財の保存」という問題提起がついに全国的に盛り上がることなく、取り壊されていく姿を見るのは、余部鉄橋を最後としてほしい。

「地域主権」という言葉がクローズアップする中で、時代に逆行するようなこういったニュースに、さまざまなことを考えてしまう、浜坂です。

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