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2010年5月31日 (月)

就職は決まった。だけど・・・

疲れ切った体を、休日の2日間で、じっくりと休ませる。

引越しをした部屋の片付けをしなければならないのだが、新しい職場の健康診断だの何だのと、中途半端に用事があり、進まない。

だから、いっそのこと、行く先も決めず電車に乗り、車窓を眺めながらうたた寝をする。

この瞬間が、鉄道マニアとして最もリラックスできる瞬間。

鉄道マニアなら、寝ずに車窓の景色をしっかり見てなさい!・・・なんて批判は、無しにしてちょ(笑)

・・・長年の夢だった、障害者福祉の世界への復帰が決まり、GW明けから新しい職場で仕事をしています。それに伴い転居もしました。

うん、残業がかなりキツイ職場なので、実際かなり不安です。だから、公表したはいいものの、「すぐに辞めちゃいました」になってしまったらカッコ悪い。そう思って、夏くらいまでは仲間ウチにも黙ってるつもりだったんですが。

すでに仲間ウチに知れ渡ってしまい、「公然の秘密」みたくなってしまったので、ここで正式に公表、ということにします。

それでも、「本当にここでやっていけるのか」「本当にここで良かったのか」という不安は消えず、睡眠不足のカラダを癒しながら、「考え事は電車の中で」を実践している浜坂。

浜坂よ。お前はよく頑張ってるよ。よしよし。

・・・などと、レールの心地よい揺れに身を任せながら、自分に言い聞かせる。

職員、という立場だけど、そりゃ全てが完璧には行くわけがない。逆に施設を利用されている方に教えていただくことの方が多かったり。

福祉という分野の特徴でもあります。職員と、利用者の方と。そりゃ、職員が上の立場であることには間違いはないけど、大切なのは、上から目線で「指導してあげる」のではなく、一緒に悩みながら「共に成長していく関係」というスタンス。利用者の方が仕事をする、その段取り、という職員としての職務を、しっかりとこなしていく、それだけです。

自分の中で答えが出るにはまだ時間がかかりそう。だけど、福祉への復帰、という選択自体は間違ってないのだから。

自分のカラダと相談しながら、続けられるかどうかの判断をします。

お前はよく頑張ってるよ。よしよし。

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2010年5月28日 (金)

チョット辛いな、こういうときは。

仕事が忙しくて。

いや、仕事の中身自体には、不満はないんですよ。

ただねえ。プライベートの時間がまったく取れない、というのもねえ。

今日も少しばかり早く帰れたら、行きたい所があったのに。それに合わせて昨日も、多めに残業したつもりなのに。

結局今日も、退社は9時、か。

チョット辛いな、こういうときは。

さすがに今日は、へこみました。

布団かぶって、寝るしかないね。

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メガネがない・・・

メガネがない・・・
あのー、浜坂を知っている人なら、この黒ぶちと、もうひとつメタルゴールドのアルミフレームの存在を知っているはずですよね・・・

あのアルミフレームのメガネ、どこにあるか知りません?(笑)

しばらくかけてなくて、久しぶりに気分でかけてみよう、と思ったら、ないのよ(>_<)

たぶん部屋のどこかに転がっているはずなんですけどねぇ・・・

だれか間違えて浜坂のメガネかけてないよね(笑)

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2010年5月25日 (火)

5月病・・・

「5月病」というのは、何も新しい環境に飛び込んだ人だけのものではなく。

毎年毎年変わり行く職場の人間関係に疲れて、ある日突然心の均衡を崩す、というものも含めたい、と浜坂は思う。

この後の続く、このことを書くと、「またかよ」「いい加減ウソだろ」「オオカミ少年か」などと野次られそうな気もするが。

このGW、日帰りで石川県へ帰省をしました。

「母が骨折した」というのが表向きの理由だけど、それもホントの話なんですが、実は帰省の目的は違うところにあったんです。

去年、大学の同級生を自殺で亡くして一年。今度は中学時代の同級生を自殺で亡くしましてね。

浜坂が育った石川県というのは、亡くなった日の翌日に通夜、翌々日にはもう告別式をするのが一般的で。訃報を知ったのが亡くなった翌日、つまり通夜の日。そんな、いくら忌引きだと言っても急に「次の日休ませてください」なんてできるはずがなく、告別式にも間に合わなかった。それが3月の末の話。

同じように別れを告げることが出来なかった、石川県外に住む同級生たちと連絡を取り合って、GWに、彼の実家にみんなで行こう、という話になったんです。

今回は、浜坂を含めて、中学卒業以来あまり彼と会ってない奴らばかりだったから、ホントに成人式以来の再会がこんな形になってしまって・・・という奴が多かった。

今回も、遺書が出てきてないので、推察するしかないのだが、前兆はあって。勤めていた病院(彼は看護士でした)で、明らかに疲れがたまっている様子だったので、上司に勧められて一週間ほど休みを取ることがあったそうだ。それが亡くなるひと月前の話。

病院は、異動が激しいから。患者さんの入れ替わりも激しいから。今回は、犯人となった誰かがいる、とかではなく、そんな人間関係の些細なずれが、本人にも気づかないうちに大きくなって、抱えきれないほどになっていたらしい。

「魔が差した」としか言いようがないみたい。だって、ホントに死ぬつもりだったのなら、自殺したまさにその日に、彼あての通販の商品が届くかっての。死ぬつもりはなかったんだよ、多分。

これまでもこのブログで何度も書いていますが、30代は、人生の曲がり角なんです、ホントに。死ぬつもりがなくても、こういうことが起こりうるんです。

だからこそ。辛い状況を抱えている人は、なおのこと真剣に、その辛さを取り除く方法を考えないといけないんです。自殺という、最悪の解決方法にたどり着く前に。

浜坂は、「主体性がなく、逃げ続けている」という批判をする友人がいる、というのを、以前このブログで書きました。だけど、「逃げる」というのは、それ自体がすでに積極的な行為です。「逃げる」ことすらあきらめて、あるいは、逃げるべき状況に気づかないまま抱え込んで、ひたすらに堕ちていく人だって、たくさんいるんですから。

「苦しさを失う」。この言葉も、このブログで過去使いました。悪い女に捕まって情が離れられない、あるいは、嫌な仕事だけど生活のために耐えなくてはいけない。経済的理由から、夫と、あるいは彼氏と別れられない・・・そうこうしているうちに、どんな素晴らしい人間だって、いつか「どうせ俺なんて、私なんて、はじめからこんな汚い人間だったんだ」なんて思い込むようになってしまうんです。

そうなる前に。逃げてください。逃げてってよ!どれだけ未練が残る人間関係を断ち切ろうとも、そのことで、身軽にならなきゃ。人間関係をふるいにかけたり、あるいは誰かと誰かを天秤にかけて、どちらかを取ったり、果ては、全てを捨てて一人になる、という残酷なことをしなければいけないときが、必ず来るんです。

浜坂、最近、この「人間関係を天秤にかける」ことを幾度となくやっています。自分でも、残酷だと思います。でも、今、切り捨ててしまった人とも、必ずや近いうちに関係を修復できると信じています。それが出来るのが、まともな人間でしょうが。必ず、必ず修復するんです。

だから。もし、追い込まれている自分に気づいたなら。強行突破するもよし、退却するもよし、とにかく今の状況からは逃げてください。5月病の5月はまもなく終わります。行動をしないと。行動を。

そして、お互いが「人間らしさ」を取り戻したときに、もう一度再会したい。そのときまで、死なないでください。本当に、頼むから死なないでください。

ちなみに、彼の家に弔問にいった帰り、喪服姿のままで病院へ骨折した母を見舞いに行ったら、ありえないくらいに怒られた、という笑えないジョークを、最後に付け加えておきます。

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2010年5月 4日 (火)

~自分の生き方を振り返る~「考え事は電車の中で」

このところ、たくさんのことを抱えていて、いっぱいいっぱいになっている浜坂です。詳細はまた後日話しますが。

春というのは、そんな季節です。期待と不安、成功と失敗、希望と絶望、いろんな感情が交錯して、時々、動けなくなるときがあります。

仕事でもしていれば、忘れられるんですけどね。GWみたく、変に休みがあったりすると、考えなくてもいいようなことを考えたりする。

春という季節は、そういう心のブレが大きいので、精神の均衡を保つという観点では非常に危険な季節なんです。まして、こんな長期休暇の後、ひと月、ふた月なんてのは、本当に気をつけないと、魔が差すことが十分に考えられます。

一年前、天国へ行ってしまった大学の同級生。GW明け、職場のこの辛い状況が少しは改善されているかな、というわずかな期待が打ち砕かれた瞬間、大切な奥さんも子どもも、友人もすべてが彼の前から見えなくなってしまいました。

「五月病」というのも、同じメカニズムで起こります。GW前までの緊張が解けた瞬間、GW前まで耐えられたことが突然耐えられなくなる。GWでなくとも、たとえば激務に耐えかねて、わずかばかりの休暇を取った、その後、というのは。

さて、浜坂です。用事があって、昨日は日帰りで石川県へ帰省をしました。浜坂は、立ち止まったままモノを考えるとロクなことがないので、「考え事は電車の中で」をモットーにしています。

天候不順のため毎年GWの時期恒例の田植えが、今年は間に合わないんじゃないかと不安でしたが、どうやら間に合ったようです。そんな車窓の風景を見ながら、昨日の田宮さんのライブとか、これまでの自分をふと振り返っていました。

田宮さんはじめ、尊敬する人の背中を追って、ずっと生きてきましたが、特に大学の友人などからよく非難されるのは「浜ちゃんには主体性は無いの?」という言葉です。自分では、自分の生き方を、自分で必死に選び取っていると思ってはいるのですが、友人には、浜坂が「ちょっと気に入った人のところにイソギンチャクみたいにくっついて、主体的に生きている気分になっているだけ」と映るみたいです。

歌だけは。どうやら本当に自分に必要だったのだ、と、10年以上歌い続けてきた今は思います。昨日の田宮さんのライブに関わらせていただいて、そのことを改めて確信した浜坂です。どんな暮らしをしようとも、歌だけはやめられないなあと、思います。

今日、久しぶりにギターを弾いたら、止まらなくなってしまった。飢えていたんですね。そのことに気付けただけでも、うれしかった。

浜坂は。浜坂の人生は。なんてことを考え込んでしまうのは、30という年齢のせいかもしれません。節目の年だもんね。

悩む、ということは幸せなことです。本当に辛いとき、人は「悩む」という苦痛から、うっかり逃れようとする。「俺の人生どうせこんなものだったのだ」と、諦めを先に立たせようとする。

そんな考えにはまだ立っていないことを、浜坂、自分自身でうれしく思います。GW明けからも、仕事、がんばりますよ。やるべきことが、まだいっぱいあるんです。

一年前に無くなった大学の同級生の命日を前にして、少し取りとめの無いことを考える、連休中の浜坂です。

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2010年5月 2日 (日)

〜自分の生き方を振り返る〜明日は田宮俊彦@町田市立図書館!

明日、5月2日は、田宮俊彦ワンマンライブ@町田市立図書館。

町田のミュージックシーンを引っ張り続ける実力や人柄すべてを買われて、市立図書館20周年記念事業を、たった一人のミュージシャンに託す、という凄いイベントです。特電は受付開始40分で完売のため締め切りとなりました。

ただ、「たったひとりのミュージシャン」と書きましたが、東京出身ではない浜坂のようなよそ者がハタから見ている限り、田宮さんは決して一人ではありません。

「町田の嫌われ者」と冗談半分本気半分で田宮さんは言いますが、苦しみながらもたったひとりで前へ進もうともがく田宮さんの背中を、見ている人はみんな見ています。そんな田宮さんに続けとばかりに、多くのミュージシャンが前へ進もうともがいています。

田宮さんのライブは、関わる人全てが、一緒になって何か大きなものに挑んでいる、そんなライブです。

止まない雨はない、欠ける月は必ず満月に戻る。多くの人が、いろんな悩みを抱えながら生きていますが、自らの力によって解決を図ろうとする時には、その姿を見る多くの人が自然と手を差し延べるものです。あ、いや、田宮さんがそんな壮絶で演歌みたいな人生を歩んでいるとは言いませんよ(笑)

逆に、田宮さんの場合、田宮さんにまとわりついて美味い汁を吸いたい、あるいは自らの力ではなく田宮さんという虎の威を借りて自分をよく見せたい、なんて人は、田宮さん自身がそういう人を嫌っている分だけ、近寄りがたいというのがあります。そういう人を頑なに拒んできたことを象徴する言葉が「俺は町田の嫌われ者」という言葉なのかも知れませんね。

だから、田宮さんに仮に嫌われたなら、それは仕方がないです、嫌われて当然のことをどこかでしているのだから・・・などと、田宮さんのステージを見るたびに、自分の生き方を振り返ってしまいます。

田宮さんのステージを見て。多くの人が「明日のために」行動を起こす、そんな歌の力が伝わってほしい。そして、先も言ったように、浜坂自身も、スタッフとして、「一緒に戦い」、明日のための行動を起こしていきます。

もがきながら、苦しみながら。それでも「すべては歌心を求める全ての人のために」。

どうぞお越しください!


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sent from WILLCOM 03

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