« 「こんな俺でも夢を見ていた」教えてくれた証が消えた・・・「北陸」「能登」ラストラン。〜その2〜 | トップページ | 「こんな俺でも夢を見ていた」教えてくれた証が消えた・・・「北陸」「能登」ラストラン〜その4〜 »

2010年3月13日 (土)

「こんな俺でも夢を見ていた」教えてくれた証が消えた・・・「北陸」「能登」ラストラン〜その3〜

「葬式鉄」「サヨナラ運転マニア」を自認してはいるけど、今回は、そういうモチベーションで出かけて行ったのではないのです。

実際、いつもなら真っ先にゲットする、記念の駅弁とか、キーホルダーその他のグッズも、今回は何だか辛くて見ていられなかった。逆に、列に並んで浮かれているマニアたちに、ムカつく気持ちをこらえるのが大変だった。

この列車を有名人のように扱うことが、どうしても納得いかない。何だか、あまりに実感がなくて、また明日も上野へ来たら会えるんじゃないか、そんな錯覚をしてしまう。

この列車にはじめて乗ったときは、ワクワクして一睡もできずに、富山・親不知やら新潟・柏崎あたりの海岸線を車窓越しにずっと眺めていました。

「最初のころは寝れなかったけど、もうだいぶ慣れたので、ブルートレインの揺れの中で寝るのにも苦労はしなくなりました」とは、浜坂のひそかな自慢話でした。

そんなことを思い出しながら、ゆっくりと入線して来る列車を見つめる。まばたくフラッシュの中で、浜坂は実感が持てずに、呆然と立ち尽くすしかありませんでした。

職を探してさまよう身。この「北陸」「能登」引退のように、浜坂も、もはや夢を見ることなどあきらめろ、ということなのでしょうか?

|

« 「こんな俺でも夢を見ていた」教えてくれた証が消えた・・・「北陸」「能登」ラストラン。〜その2〜 | トップページ | 「こんな俺でも夢を見ていた」教えてくれた証が消えた・・・「北陸」「能登」ラストラン〜その4〜 »

鉄道マニアの思想・哲学。」カテゴリの記事