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2010年3月28日 (日)

時代と向き合うって、難しい~「ウェルかめ」最終回に寄せて・・・その3

浜坂は小・中学校と、いじめられっ子だったので、中学のときに「いじめ」が社会問題になったときに、学者の人がああだこうだ言ってたのに憧れて、大学は教育学部に進みました。

だけど、音楽の持つチカラを知ってしまった浜坂は、同じミュージシャンたちに、「音楽によって自分の人生がどう変わったか」をテーマにインタビューして、それを卒論にしました。いつかはこれを本にしたいとも、かつて言ってたっけ。よくよく考えれば、このとき使った「ライフストーリー法」というフィールドワークの手法、そのまんま波美たちが「チャレンジャー10」を作るのに使っていた手法そのまんまだ。

実家の石川県に帰ってしまったときに就いた福祉施設にはまってしまって、母も同じ病気を抱えていたものだから、「福祉の思想が広まればこの国は絶対に変わる」と、福祉を目指しているけど、今のところなかずとばず。

「いじめられた、傷ついた!」と誰かに騒ぎ立てることで、アイデンティティを保っていたような浜坂。「悲劇のヒロイン」を気取っていたんですね。そんな浜坂が、音楽のチカラで立ち直ったように、浜坂には中学校の時からずっと、「『悲劇のヒロイン』が人生を立て直す過程」を問題意識として持ち続けています。

それは音楽であったり、他の表現活動であったり。福祉の世界において障害をお持ちの方が「働けるようになること」が、まさしくそうであるように。誰かに向かって自分の表現を、あるいは仕事を届ける。そのことで、評価なり、労働の対価としてのお金を受け取る。

そのことで、「社会とつながる」ことが、人間の尊厳の回復につながるのだ、と。その瞬間、過去の「悲劇」はもはや「悲劇」ではなくなり、主人公が生きる物語の、ほんの一ページにしか過ぎなくなる。

「世界とつながる」とわめいていた波美も、「外から人を呼んでこの町の漁業を建て直す」とわめいていた鈴木一平も、そのことが、「人間らしさ」につながるのだ、ということを、知っていたのではないでしょうか?

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