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2010年3月13日 (土)

「こんな俺でも夢を見ていた」教えてくれた証が消えた・・・「北陸」「能登」ラストラン〜その4〜

かつて勤めていた福祉の世界に戻りたいと、最近就職活動を続けている浜坂ですが。

この間受けた面接。「音楽活動に専念していたために、職を転々としてきました」という書き出しで、職務経歴書を書いた。予想通り、「もしウチが採用しても、またすぐ辞めてしまうんじゃないの?」「いや、大丈夫です」の問答で、1時間以上応酬することになった。

音楽活動なんて、職務経歴書に書かないのが常識に決まってる。でも、これを書かないと、もはや浜坂の職歴の汚れは、説明がつかないのです。

東京と石川県と、住所を転々としてるから、石川県でせっかく福祉の仕事についていても、東京にいたい、音楽もやりたいし、何より一番尊敬する人の近くに行って、もっとたくさんのことを勉強したい、そう思って東京へ出ると、今度は福祉の仕事にありつけず、仕方なく工場勤務を転々。

その工場勤務をもって、面接で「福祉は、工場の仕事とはわけが違いますよ」なんて、納得がいかない。

30になるまで転々として、それでもなお月収28万を蹴って月収17万の世界へ飛び込みたいと思う、その「ずっと志していました」という気持ちが、分かってもらえないのかなあ?

大学で勉強したんだかしてないんだか分かんないような新卒の奴に「えっと、人と関わる仕事って、素敵だなと思いました」みたいな初々しいんだかアホなんだか分かんない自己PRをされて。

それと、たくさんの職場を知っている、就労支援ジョブコーチみたいなことだったら任せてください、職場での人間関係の辛さもたくさん知ってるから、就労支援先でクライアントに沿った労働環境改善の提案とかもできますよ、それって授産施設自体の職場環境改善にもつながりますよね、なんて浜坂とを天秤にかけられて。

それで浜坂が落とされるようなことになったら、納得がいかない。「そんな奴には負けない。負けるもんですか!」(もっとも、新卒がライバルとして面接を受けているかどうか、浜坂には知るよしもないのだけれど。)

・・・と言いたい気持ちをグッとこらえながらの1時間の面接。何で言わなかったかって?だって、そんな、人を蹴落とすようなこと、言えないよ。新卒だってそれはそれなりに大変な苦労をしながら就職活動してるんだもの。浜坂の新卒の頃も、そうだったもの。福祉を志すという意味では、浜坂の仲間だよ。そんな仲間を、蹴落としたり、悪く言ったりすることなんて、できないよ。

だから。昨日、そして今朝。上野駅で嬉々としている葬式鉄たちに少しの反感を覚えながら、同じマニアとして、鉄道を愛するものとして、ここはグッとこらえたんです。「俺のほうが・・・!」なんてみっともない争いは、無しにしとこう、と。

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