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2009年11月24日 (火)

甲斐まり恵さんが、いないっ!!(笑)

甲斐まり恵さんが、いないっ!!(笑)
甲斐まり恵さんが、いないっ!!

カレンダーを買おうとしたら、今年は発売してないっ!!

(笑)

この人、今年の春まで、あるテレビ局の朝の番組で、お天気をされていました。

浜坂、いっとき、朝の4時半起床→出勤という仕事をしていまして。そのときに、この人がお天気をしていた番組を見てたんですね。

ト〇タ自動車の、期間従業員。派遣みたいなものです。今は派遣切りの影響で、ほとんどいないと思いますが。あ、プ〇ウスの売れ行き好調の影響で、また採用しはじめたのかな。わかりませんが。

ほとんど出稼ぎみたいな感じで。東京に戻ってきた今となっても、ふと思い出す懐かしい思い出です。

ニュースを見ながら、お天気を見ながら、明日を思っていた、ハタから見れば社会人になって最も辛かった時期。だけど、同じような境遇の仲間たちと過ごして、いろんなことを知った、実は充実していた時期。再起をかけて、上を見上げていた、そんな頃にテレビに出ていた人。

だから、思い入れがあって。ファンって、そういうようにして、なるもんでしょ。

この人の名前を、時々週刊誌でみるたび、思い出してしまいます。

・・・ていうか、こんな写真を喜々として撮ってる自分って、何なんだろ(笑)

ていうか、この人のカレンダーを部屋に飾ってますなんて、カミングアウトしてる自分って、何なんだろ(笑)

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2009年11月22日 (日)

【もう15年経ったか・・・】大河内清輝という子を覚えていますか?


11月27日が近づく。ふと思い出す。

あれからもう15年経ったか・・・

みなさん、彼のことを覚えていますか?

浜坂にとっては、音楽活動とか、なにかメッセージを表現する活動の原点となった出来事。

大学時代に書いた浜坂の詩を、載せてみたい衝動にかられる。

彼のことを思い出してください。

そして、あんなつらい時期があったのだ、ということも。


【Kiyo】

休日に昔の友達と会う

無邪気に会いたい気持ちと 無邪気に会えない怖さと

それは 自分自身すら納得できていない

現在を非難されることへの怖さ

そして 自分の理想がいかにわがままで

傲慢であるかを非難されることへの怖さ

どこかへ逃げ出してしまいたい衝動

一体俺は何をしているのだろう

不安 落胆 自暴自棄 焦燥

どうしようもなく打ちのめされて

もはや生きることすらやめたくなってしまうとき

俺はきまって彼のことを思い出す


Kiyo

1994年11月27日 ひとりぼっちの淋しさを乗り越えて

自宅の柿の木にかけたロープから 空を飛んだ中学二年生

俺の一才年下だった 去りし土地の同士だ

同じ時代 遠く離れて 俺たちは同じ境遇だったね

人が寄ってたかって弱いものをリンチする

そんなおかしな時代に生まれたのが間違いだった

きっかけはほんの些細なこと だけど

一度狙われたらどうしようもなかったんだよね


Kiyo

いじめで最も辛かったのは

シカトされたりイタズラされたり 人に言えない仕打ちを受けたり

「死ね」とか「バカ」とか暴言罵声を浴びせかけられる

そんな出来事のひとつひとつではむしろなかったよね

何でもないときにふと思い出すと

動けなくなる 叫びたくなる 狂ったように泣きたくなる

「自分はこの世にはいなくてもいい存在なんだ 生きていてはいけないんだ」

疎外 絶望 自己否定 虚脱

そんな感情に打ちのめされることの方が

どうしようもなく辛かったよね


Kiyo

浮かんでも浮かんでもまた足を捕まえられ

放り込まれて飲んだ矢作川の水はどんな味がしたか

ぼろぼろにされた自転車をひとり引きずって歩く

夕暮れの畦道に伊吹おろしの風はどれほど冷たかったか

そのうちに我が身ばかりを責めて

「ごめんなさい ごめんなさい」と繰り返しながら旅立っていった

おまえはすごい奴だよ

俺は死ぬことすらできなかった臆病者さ

おまえはすごい奴だよ

だけれど馬鹿な奴だよ

おまえは負けたんだよ

おまえは負けたんだよ!

おまえは馬鹿な奴だよ…


Kiyo

あれから何人もの同士たちが

おまえの後に続けとばかりに旅立っていったよ

俺はそのことを伝える新聞記事をにらみつけながら

心の中で叫んでいた

俺はもう生きてたって死んでたってどうでもいい存在だ

だけれどおまえらは死ぬなよ

おまえらは死ぬなよ!

届かない声が悔しくて

我が身の小ささが悔しくて

それからなのさ それからなのさKiyo

俺がむやみやたらに

身の丈に合わない名声を欲しがるようになったのは

どんなつたない言葉でも 同じ時代 遠く離れて誰かにも

声が届く場所に立ちたいと そう思うようになったのは…


なあKiyo

あれからもうどれだけ経ったことだろう

おまえが命をかけて発した声はいつしか忘れ去られて

またもや風の中へ消えていったよ

そしてKiyo Kiyo

おまえがいなくなった後も かつての地獄は何も変わらず

多くの人に牙を剥いているよ

人が寄ってたかって弱いものをリンチする

そんなおかしな時代に生まれたのが間違いだった…


いまだ自分に納得ができないから

人前に出ても身の小ささを感じて逃げ出してしまう

だけれど過去の決意を捨てきれずに

人並みに仲良く生きていかれず飛び出してしまう

生活に追われて節を曲げる

そんな我が身の卑しさに打ちのめされて

もはや生きることすらやめたくなってしまうとき

俺はきまって彼のことを思い出す

彼を奪い同士を奪い 今また牙を剥こうとする

この悪魔の正体を暴こうと

この世界の正体を暴こうと

彼に誓った決意を思い出すのだ


※ 1994年11月27日 この日は、いじめを苦に自殺した愛知県西尾市の中学二年生、大河内清輝君の命日です。

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2009年11月17日 (火)

「最後の問題です」・・・【「時刻表検定」を受けてきました】

「最後の問題です」・・・【「時刻表検定」を受けてきました】
「最後の問題です」・・・【「時刻表検定」を受けてきました】
「最後の問題です」・・・【「時刻表検定」を受けてきました】
難しいっ!!

でも、これはハマる!・・・と思ったら、実は今回で最後の開催なのです。

バッチリ受けてきましたよ。あなたが鉄道文化の発展に果たした貢献は、マニアなら誰でも認めるところです。

サヨナラ運転の列車を見送るマニアのごとく、叫んでみますか。

ありがとぉーーーー!!!(笑)

鉄道職従事者向けの【第一種】試験。もちろん素人の浜坂、お構いなしに受検したわけですが。

そのラストの問題に、少し感激してしまいました。

この試験、「私鉄に関する各設問に答えなさい」「バスに関する・・・」「飛行機・船舶に関する・・・」と設問群を分けてあるのですが。

ラストの問題のところ。ほら見て。わざわざ「問:最後の問題です」なんて書いている。

こんなタダシ書き。今までの試験では無かったと思うのですが。

これを書いた問題作成者の人は、この一文に、どんな思いを込めたのでしょうね。

「多くのファンに支えられてきました時刻表検定試験ですが、第15回をもっていちどピリオドを打つことになりました。第1回のスタート時から大きな話題を呼び、受験会場は全国に広がりました。また新聞・テレビの取材や鉄道ブーム、資格認定DSなどにも紹介されるなど多くの方にも周知されることになり、時刻表「旅」検定を含め、4万人を超える受験者数を記録いたしました。協会では社会的な役割を果たしたと考え、第15回をもって最終回といたします・・・」(試験案内パンフレットより)

ありがとぉーーーー!!!(涙)

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2009年11月16日 (月)

こんな所に答案を置いて行かないで下さい(笑)

こんな所に答案を置いて行かないで下さい(笑)
こんな所に答案を置いて行かないで下さい(笑)
マッタク、テストの点が悪かったからって・・・

ていうか、この点数、いくら何でもアンマリやろ(笑)

この隠れているところに点数が書いてあるんですが、拾いあげてみたところ、10点でした・・・

もっと勉強しなさい(笑)

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2009年11月15日 (日)

ふるさとが少し恋しくなったので。

休日の予定をこなすのに、少し時間が空いたので、ミ○シィのコミュニティを、無駄に増やし続けてたのですが(笑)

いろんなのがあるねー!手当たり次第、参加していく。ブルートレイン、特急しらさぎ、JR西日本(笑)・・・アンタやっぱりそっちなのね。

広島カープ、津田恒美、石川県、国道8号・・・いい加減ローカルナショナリズムも、おかしな方向へ走りはじめる。

ミ○シィってすごいねー!ホントいろんなのがあるじゃん。まさか・・・

出身校の「小○高校」と検索したら、コミュの書き込みに、知ってる奴がいたから、あわててウィンドウを閉じてしまった。

春○恵理だー!!・・・分からんわね、みんな、何のことか(笑)。いいんです。すみません、一人で盛り上がってしまった。

「加賀市」とか、「大聖寺」とか、「錦城中学校」とか。地元の地名を手当たり次第入れていくけど、あまりにローカルすぎて、足あと残した浜坂の身元がバレそうで、いい加減やめときました。

大丈夫、春○の奴にバレとらんときゃ、それでいいんです(笑)

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2009年11月12日 (木)

中島みゆき「紫綬褒章」受章!

ニュース知るのが遅っ!うおお、このニュース、テレビで見たかったなー!!スポーツ新聞買いたかったなー!!

秋の叙勲。ファンとしては、もろ嬉しいですよ。

浜坂の音楽の原点です。といっても、中島みゆきにハマる中学3年生って、何なんでしょうね(笑)

この時期、浜坂の人生で一番辛かったこの時期に、この人の歌に出会いました。ちょうど「時代」をリメイクして発売したころで、彼女のラジオ番組からは、しきりにこの歌がかかっていました。

「そんな時代もあったねと いつか話せる日が来るわ・・・だから今日はくよくよしないで 今日の風に吹かれましょう」。この「時代」はじめ、「タクシードライバー」「誕生」「ファイト!」などなど、むさぼるように、浴びるように、彼女の歌を吸収しました。この人の歌で、一体何度命を救われたかわかりません。

それからのことです。浜坂も、この人みたいな歌が歌いたいと思うようになったのは。ただ、浜坂のライブの、トークの異常なテンションの高さは、おそらくこの人のラジオでのテンションの高さを受け継いでおります(笑)

この人のように深い音楽を。この人のように、明るい楽しいおしゃべりを(笑)これからも浜坂、追い続けていきますよ。「棚からぼたもち」ならぬ「棚から本マグロ」、即座に「いただきます!」と返事をしてしまいました・・・ですか。彼女らしいユーモアたっぷりのコメントですな。

この嬉しさをどうしよう。

とりあえず、彼女の歌が主題歌になっている「ゼロの焦点」でも観に行きますか(笑)

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2009年11月11日 (水)

この場所を「ふるさと」と呼んでもいいですか?

日曜日は、お世話になっている先輩ミュージシャンのご自宅兼スタジオへ。

浜坂が関わっている地域レーベルが、創設10周年となり、記念のCDを出すことになったのです。

すでにレコーディングは終わり、マスタリング(編集)の最終工程。完成版を、聞かせていただきました。感無量です。

そもそも、この最終工程をする日に、「おいでよ」と声をかけていただいたことからして、感無量です。誘っていただいたのは、収録するシングル曲の作者、これも大先輩のミュージシャンです。

レコーディングの機材の真ん中に置いてあるパソコンの前で、作業をする先輩がいて。出来上がっていく音をヘッドフォンで聞きながら、かたわらにあるギターで遊んでいる先輩がいて。そんな中、浜坂もヘッドフォンをして同じ時間を共有している。不思議な感覚でした。

浜坂が。浜坂なんぞが。そんなもったいない経験をさせていただいていいのだろうか。この地域レーベルと関わるようになった当初は、はるか雲の上の存在だった、そんな大先輩たちなどと。

ただひたすらに、この人たちの背中を追って、歌を歌ってきた感じがします。この人たちの近くへ、気がつけば、住所も変えてしまっていました。そうして振り返れば、浜坂もまた、他のミュージシャンたちから「先輩」と呼ばれる年齢になってきていて。

今回のCDには、そうした先輩後輩問わず、多くのミュージシャンたち、そして多くの仲間のスタッフ、サポーターたちが、コーラスとしてレコーディングに参加しました。出来上がった音源を聞いて、何だかしみじみしてしまいます。

たくさんのところを転々としてきた浜坂ですが。今いるこの場所を「ふるさと」と呼んでもいいでしょうか?

もちろん、我が者顔して踏ん反り返るつもりもありませんが。みんな上手い人ばっかりだから、そんなことできるはずもなく。敬意のあまり、年下に対して、自然に敬語で話してしまう人もいるくらいですから。みんなツッコミ入れますけどね。「何で敬語なのー!」って(笑)浜坂の、気持ちの問題です。

そんな人たちに囲まれて、浜坂は、幸せ者です。感謝の気持ちを、言葉でも行動でも表すことができないので、浜坂はひたすら歌うだけです。先輩後輩関係なく、ほれたミュージシャンに負けないようなカッコいいステージをと、日々努力するだけです。

今年、祝いの席で、あるいは別れの席で、何度も口にした言葉を、もう一度言います。

出会ってくれて、ありがとう。ありがとうございます。そして、これからも。

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2009年11月10日 (火)

岐阜羽島。

東京行き、最終の「のぞみ」は、たった今、名古屋を発車。

その手前に、「岐阜羽島」という駅があります。

「彼」の実家がある町。新幹線が通過する時、「彼」は何を思ったのでしょうね。

あるいは、気がついたら、通り過ぎてしまった、とか。名古屋到着に気がついて、「ああ、もう岐阜羽島は過ぎていたのか」と思う、そんなだったかもしれない。

人は誰もみんな、昔は無邪気な3才の子ども。みんな、その頃を思い出したらいい。どんな辛い子どもでも、愛してくれた人が、ひとりはいたはず。そう、信じたい。

そういう人の顔を思い浮かべれば、悪を働くことはできないはずなのですが。

東京へ来て、人生が変わってしまったか。その東京へ向けて、最終の「のぞみ」は、今、豊橋付近を走っているはず。23時45分着予定。おそらく、ホームのマスコミ整理に追われて、定刻より少し遅れてホームに入ってくるでしょう。

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