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2009年8月14日 (金)

マンモス、かなピー・・・~ミュージシャンとして考える、薬物のこと~

のりピーが逮捕されて、彼女がDJやってる姿がニュースで流れてたりしますけど、あれによって、世間一般からミュージシャンに対する偏見が、また少しひどくなるのでしょうね。

マンモス、かなピー。

われわれミュージシャンの世界、一部にそうした輩がいることは、否定しません。浜坂も過去一度だけ、大学生のころに、誘われたことがあります。むにゃむにゃ言って、連絡先も交換しないまま逃げましたけど。

ですが、大学生や主婦にまで薬物が蔓延している昨今、ミュージシャンや、例のダンナのようなサーファー他、いわゆる「自由業」だけが、薬物に侵されているかのような論調には、黙っているわけにいきません。

好きな人から誘われたら、浜坂はたぶん手を出すでしょう。ましてや転職活動中の身、仮に転職が実現して、そこの上司とかがやっていて、誘われたら?その職場に定着したいと思ったら、たぶん手を出すでしょう。そんな状況は、たぶんない、いやいや、そういう状況を考えざるを得ないほどに薬物は蔓延していると考えるのが適当でしょう。

恋人から誘われた、先輩や、上司から誘われた、そういう、権力関係が発生している中での状況に、身を置いてしまったら、意志が強いとか弱いとかではなく、誰だって手を染めるのでは?彼女も、あのダンナに誘われさえしなければ、やってないはず。そう考えると、憎むべきは、彼女であると同時に、ダンナであると同時に、薬物が蔓延している、というこの社会的状況そのものでもあるのでしょう。それを許してきた政治も。その政治を許してきた私たちも。

そう、「私たち」はどうなのか、という内省を、反省をしないで、彼女やダンナの「個人そのもの、あるいは個人の意志の弱さ」それだけを叩く論調には、浜坂、耳を貸しません。「自分は違う、自分はそんな弱い人間じゃないから」という自己弁護が透けて見える論調には、浜坂、耳を貸しません。

浜坂はミュージシャンですから、表現者ですから。メジャーとアマチュアの差こそあれ、彼女と同じミュージシャンとして、表現者としての視点から今回のことを考えるわけですが。音楽や、芝居や、サーフィンなどのスポーツも含めていいと思いますが、そういったものは、本来、人生を豊かにするものです。

音楽に逃げている、芝居に逃げている、スポーツに逃げている「ごろつき」たちだからクスリに走る、などという言葉の悪い批判を耳にしたりしますが、実際に表現活動に携わっている私たちにとっては、そのような批判は、的を射ない、しごく迷惑な批判、ということになります。

逆に浜坂などは、音楽のおかげで、ある時期に自ら命を絶つこともなく、こうして生きていられる、と公言している人間ですから。音楽がなかったら、それこそ今頃は薬物に走ったり、とっくに自らの命を絶っていたり、するのでしょう。どんなに落ちぶれても、必ず命さえあれば再チャレンジはできる。どんなに不遇な人生を歩んできても、人というものは人として幸せになることを目指さないわけにはいかない、そういう生き物です。

事実、のりピーは、そんな人生を歩んできたはずです。今になって、どれだけ「虚構」という批判を浴びようとも。いやいや、虚構ではないです。歌手として、女優として、これまでしてきた仕事のすべてが、否定されるのは、行き過ぎた批判だと思います。このような弁護、かつて筑紫哲也が、逮捕された井上陽水に対して行ったのと同じような弁護を、浜坂もしてみたくなるわけです。

井上陽水が、筑紫哲也の必死の弁護の甲斐もあって永久追放にならずに済んだように。彼女が永久追放になるかならないかは、「人間が再び人生を生き直す、ということに、私たちはいかに寛容でいられるか」という、私たち社会の問題でもあります。もちろん、「罪をどれだけ自覚するか」という、本人の問題を前提にしていることは、言うまでもありません。もちろん、芸能界という特殊な事情、彼女のこれまでの路線を考えると、復帰させようにも適当な仕事がない、なんてこともありますが。

彼女が仮に薬物を克服して芸能界に復帰できたとしたら。福祉の世界を目指している浜坂、日本の薬物更生プログラムを、誇りを持って世界に自慢するでしょう。それと同時に、彼女の復帰を世論として受け入れてくれた寛容ある日本社会を、誇りを持って世界に自慢するでしょう。そうあってほしい。「おかえりマンモス!うれピ~!!」とでも、浜坂は叫んでみたいものです。

「時代と向き合う」ということを、このところ、しきりに訴えています。「マンモス、かなピー」ニュースの中で、悲劇のヒロインは、たとえ悪人であっても、立ち直ってほしい。人の痛みに共感する中で幸せを目指す、そんなしっかりとした心の芯を、ぜひ持ってほしい。

心を病んだ、虐待を受けた、クスリに手を染めた、豪雨や地震で身近な人が亡くなった、何の前触れもなく身近な人が自ら命を絶った、日航機墜落で大切な人を失った、原爆から生き延びてきた、などなど。いろんなことを考えてしまう、8月という季節。そういった不遇な過去、あるいは現在という時代の中で、幸せになりたいという人間の営みを、ミュージシャンとして、そして福祉の世界を志すものとして、浜坂はこれからも考えていきます。

みなさんも、そういった活動、やりませんか?たとえば浜坂の身近で、「ノー・ドラッグ」を掲げる音楽イベントを運営しているミュージシャンがいますが。そういった活動に社会の理解が深まるのであれば、こんなにうれしいことはありません。そうでなくても、野外での音楽イベントでも、そもそも音楽活動、表現活動一般というものでも。そんな活動に対して、もっともっと理解が深まってほしいと思います。

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