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2009年8月 2日 (日)

あぱおさん、許せ!広島カープが俺を呼んでいる。その6

あぱおさん、許せ!広島カープが俺を呼んでいる。その6
あぱおさん、許せ!広島カープが俺を呼んでいる。その6
あぱおさん、許せ!広島カープが俺を呼んでいる。その6

広島へ来たなら、やっぱりここは訪れなくちゃダメです。
原爆ドーム。平和資料館。平和記念公園。
「時代と向き合って生きる」ということを考えるには、最良の場所でしょう。
「安らかに眠って下さい 誤ちは 繰返しませぬから」。「平和の灯」前の碑文の前に立つと、はるか向こう側に、原爆ドームと、旧の広島市民球場と、そして商工会議所とを並んで見ることができます。かねてから浜坂、この場所から見る景色を、広島を象徴する光景だと思っています。
自らの身に起こる悲劇は、やっぱり時代の流れと密接に関わりあっています。そのことを痛切に知ってしまった人たちが、平和を望む活動をしながら、野球というものから元気をもらいながら、日々の仕事をがんばった結果として、今の広島という街があるのだと思います。
鉄道マニアは知っている人も多いと思いますが、原爆が投下されて、火の海の中、広島電鉄の路面電車は、わずか3日で一部区間の運転再開を果たしました。
凄惨な状況下で、鉄道マンたちも自分の家族のことなどで必死だったろうにもかかわらず。それでも「電車を走らせよう」と、そもそもそっちの方へ気持ちが向いた、そのことに対して、敬意を表さざるを得ません。
人は、どんな辛いことがあっても、たとえ大切な人の死に直面しても、次の日には、社会の中で生きていかなければなりません。だからこそ。
自らの身に起こる出来事と、時代の流れとがつながりあっている。そのことを知っている私たちは、時代の流れの中で見えてくる、「社会的使命」を果たす。「電車を走らせる」「移動手段を復旧させる」ということで、人の命を救う。そっちの方へ気持ちを向けることができた鉄道マンには、敬意を表さざるを得ません。
時を隔てて、今において、辛いニュースばかりの中で、私たちは、形を変えてそんな辛い経験をしてきたはずです。だから、その辛さに連なる「時代と向き合って」生きるということを、浜坂はやらずにはいられないです。
ある日突然命を奪われた、この街の多くの人と同じように、浜坂もある日突然・・・ということが無いとも限りませんので。「そうしたときに、悔いのない生き方とは?」
7月31日に、神奈川の地で、この問いを自分にしたとき、出た答えは、転職の活動をすることでもなく、レコーディングの練習をすることでもなく、西へ向かう夜行列車「サンライズ瀬戸」の切符を買うことでした。
福祉の世界へ戻りたいと、かねてから公言している浜坂、「音楽は人の命を救うことさえある」とかねてから公言している浜坂・・・「時代と向き合う」も「社会的使命」もへったくれもありませんでした(笑)
今、同じ問いを自分にしてみます。けっこうもやもやした思いを抱えたまま訪れた広島でしたが、おかげで、少し方向性が見えた気がします。
まっ同じことを、年がら年中やっているわけですが。引き続き、ああだこうだいいながら、明日から、生きていきます。
これからも、さらに大人の世界へ来てしまった浜坂を、なにとぞよろしくお願いしますね。

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